るようなものだった。
九
監督は周章《あわ》て出した。
漁期の過ぎてゆくその毎年の割に比べて、蟹の高はハッキリ減っていた。他の船の様子をきいてみても、昨年よりはもっと成績がいいらしかった。二千|函《ばこ》は遅れている。――監督は、これではもう今までのように「お釈迦《しゃか》様」のようにしていたって駄目だ、と思った。
本船は移動することにした。監督は絶えず無線電信を盗みきかせ、他の船の網でもかまわずドンドン上げさせた。二十浬《かいり》ほど南下して、最初に上げた渋網には、蟹がモリモリと網の目に足をひっかけて、かかっていた。たしかに××丸のものだった。
「君のお陰だ」と、彼は監督らしくなく、局長の肩をたたいた。
網を上げているところを見付けられて、発動機が放々の態《てい》で逃げてくることもあった。他船の網を手当り次第に上げるようになって、仕事が尻上りに忙しくなった。
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仕事を少しでも怠《なま》けたと見るときには大焼き[#「大焼き」に傍点]を入れる。
組をなして怠けたものにはカムサツカ[#「カムサツカ」に傍点]体操をさせる。
罰として賃銀棒引き、
函館へ帰ったら、警察に引き渡す。
いやしくも監督に対し、少しの反抗を示すときは銃殺[#「銃殺」に傍点]されるものと思うべし。
浅川監督
雑夫長
[#ここで字下げ終わり]
この大きなビラが工場の降り口に貼《は》られた。監督は弾をつめッ放しにしたピストルを始終持っていた。飛んでもない時に、皆の仕事をしている頭の上で、鴎《かもめ》や船の何処《どこ》かに見当をつけて、「示威運動」のように打った。ギョッとする漁夫を見て、ニヤニヤ笑った。それは全く何かの拍子に「本当」に打ち殺されそうな不気味な感じを皆にひらめかした。
水夫、火夫も完全に動員された。勝手に使いまわされた。船長はそれに対して一言も云えなかった。船長は「看板」になってさえいれば、それで立派な一役だった。前にあったことだった――領海内に入って漁をするために、船を入れるように船長が強要された。船長は船長としての公の立場から[#「公の立場から」に傍点]、それを犯すことは出来ないと頑張《がんば》った。
「勝手にしやがれ!」「頼まないや!」と云っ
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