無)こゝにて俄にうせにしかば、この頃の出立いそぎを見れど何事もえいはず。京へ歸るに女子のなきのみぞ悲しび戀ふる。ある人々もえ堪へず。この間にある人のかきて出せる歌、
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「都へとおもふもものゝかなしきはかへらぬ人のあればなりけり」。
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又、或時には、
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「あるものと忘れつゝなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける」
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といひける間に鹿兒の崎といふ所に守のはらからまたことひとこれかれ酒なにど持て追ひきて、磯におり居て別れ難きことをいふ。守のたちの人々の中にこの來る人々ぞ心あるやうにはいはれほのめく。かく別れ難くいひて、かの人々の口網ももろもちにてこの海邊にて荷ひいだせる歌、
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「をしと思ふ人やとまるとあし鴨のうち群れてこそ我はきにけれ」
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といひてありければ、いといたく愛でゝ行く人のよめりける、
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「棹させど底ひも知らぬわたつみのふかきこゝろを君に見るかな」
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といふ間に楫取ものゝ哀も知らでおのれし酒をくらひつ
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