とうたふぞ哀なる。かくうたふを聞きつゝ漕ぎくるに、くろとりといふ鳥岩のうへに集り居り。その岩のもとに浪しろくうち寄す。※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取のいふやう「黒(きイ有)鳥のもとに白き浪をよす」とぞいふ。この詞何とにはなけれど、ものいふやうにぞ聞えたる。人の程にあはねば咎むるなり。かくいひつゝ行くに、船君なる人浪を見て、國よりはじめて海賊報いせむといふなる事を思ふうへに、海の又おそろしければ、頭も皆しらけぬ。七十八十は海にあるものなりけり。
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「わが髮のゆきといそべのしら浪といづれまされりおきつ島もり」
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※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取いへ(りイ有)。
廿二日、よんべのとまりよりことゞまりをおひてぞ行く。遙に山見ゆ。年九つばかりなるをの童、年よりは幼くぞある。この童、船を漕ぐ[#「漕ぐ」は底本では「槽ぐ」]まにまに、山も行くと見ゆるを見て、あやしきこと歌をぞよめる。そのうた(四字イ無)、
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「漕ぎて行く船にて見ればあしびきの山さへゆくを松は知らずや」
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とぞいへる。幼き童のことにては似つかはし。けふ海あらげにて磯に雪ふり浪の花さけり。ある人のよめる。
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「浪とのみひとへに聞けどいろ見れば雪と花とにまがひけるかな」。
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廿三日、日てりて曇りぬ。此のわたり、海賊のおそりありといへば神佛を祈る。
廿四日、昨日のおなじ所なり。
廿五日、※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取らの北風あしといへば、船いださず。海賊追ひくといふ事絶えずきこゆ。
廿六日、まことにやあらむ、海賊追ふといへば夜はばかりより船をいだして漕ぎくる。道にたむけする所あり。※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取してぬさたいまつらするに、幣のひんがしへちれば※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取の申し奉ることは、「この幣のちるかたにみふね速にこがしめ給へ」と申してたてまつる。これを聞きてある女の童のよめる、
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「わたつみのちぶりの神にたむけするぬさのおひ風やまずふかなむ」
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とぞ詠める。このあひだに風のよければ※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取いたくほこりて、船に帆あ(か
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