ら衣を脱いでさしだした。
山賊はすぐ衣の首に気が注《つ》いて、その首と怪量の顔を見比べていたが、何と思ったのか飛びしさってひれ伏した。
「仮父《おやぶん》、飛んだ見損ないをいたしました、御勘弁を願います、これこの通りでござります」
怪量は面白そうに山賊を見た。
「何じゃ、どうしたのじゃ、人を裸にしておいて謝る奴があるか」
「いいえ、めっそうもない」
山賊は頭を掻《か》いた。
「こんな度胸のいい仮父衆《おやぶんしゅう》を、ただの乞食坊主と間違えて、穴があったら入りたいくらいでござります、それにしても仮父《おやぶん》、人を殺して、衣の袖へその首を付けて脅《おど》しの道具にするたあ、うまい術《て》もあったものだ、どうでしょう、俺のこの着物へ五両つけて仮父《おやぶん》に差しあげますから、首の附いたその衣を俺に譲ってもらいたいものだが」
「なに、首を譲ってくれ、欲しくばやるが、これは人間の首ではないぞ、妖怪《ばけもの》の首じゃぞ、普通の者では扱いかねる代物じゃが、それでよいか」
「人が悪いや、人を殺して、首を袖につけて、そのうえ人をからかうのだもの、それでは仮父《おやぶん》、この通り、五両と着物をさしあげます、冗談《じょうだん》云わないで、早いとここれで手を打ってくだせえまし」
「そうか、それほどまでに所望《しょもう》なら代えてやろうか、じゃが、五両出して妖怪《ばけもの》の首を欲しがる奴は、天下広しといえども貴様だけだろうよ、自由《かって》にせい」
三
首と衣を手に入れた山賊は、暫くその二品《ふたしな》を資手《もとで》に、木曾街道の旅人を劫《おど》していたが、間もなく諏訪《すわ》の近くへ往《い》って首の由来を聞いた。山賊は青くなった。
「やっぱり坊さんの云ったことが真箇《ほんとう》だったのか、飛んでもない、こんな首を持っていたら、どんな祟りを受けるか判らぬ。せめてこれを体と同体《いっしょ》にしてやって、祟りのないようにしてもらおう」
山賊は話に聞いた山の中へ入って、怪量が泊ったと云う轆轤首の家《うち》を探しているうちに、やっと探しあてたが、其処には轆轤首の体は一つもなかった。
「仕様がない、せめて首だけでも此処へ葬ってやれ、それにしても彼《あ》の坊さんは、妙な坊さんだ、ひょっとしたら、あれは、おれに悪事を止めろっていう、仏のお使いかも判らないな」
首を埋めて塚を築くと、山賊は首をひねりひねり其処を立ち去った。その塚は後世《のちのよ》まで残っていて『ろくろ塚』と呼ばれていた。
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング