だらう、お前、もう一度よつく云つてごらんよ、それでまだ強情を張るやうなら、お婆さんを呼んでお出で、お婆さんに薬を飲ませて貰ふから、」
 女中の少年に向つて云ふ声がまた聞えて来た。
「お前さんも、もう私達の云ふことは別つてゐるだらうから、くどいことは云はないが、いくらお前さんが強情張つたつて、奥様にかうと思はれたら、この家は出られないから、それよりか、はいと云つて、奥様のお言葉に従ふが好いんだよ、奥様のお言葉に従へば、この大きなお屋敷で、殿様のやうにして暮せるぢやないかね、なんでもしたいことが出来て、好いぢやないか、悪いことは云はないから、はいとお云ひなさいよ、好いでせう、はいとお云ひなさい、」
 少年は矢張り返事もしなければ顔も動かさなかつた。
「駄目だよ、お婆さんを呼んでお出で、とても駄目だよ、」
 妹の声がすると女中はそのまま室を出て行つた。
 妹はその後をじつと見送つてゐたが女中の姿が見えなくなると少年の後へ廻つて、両手をその肩に軽くかけ何か小さな声で云ひ出したが譲には聞えなかつた。
 女は少年の左の頬の所へ白い顔を持つて行つたがやがて紅い唇を差し出してそれにつけた。少年は死んだ人のやうに眼も開けなかつた。
 二人の人影が見えて来た。それは今の女中と魚の眼をした老婆とであつた。それを見ると少年の頬に唇をつけてゐた妹は、すばしこく少年から離れて元の所へ立つてゐた。
「また手数をかけるさうでございますね、顔には似合はない強つくばかりですね、」
 老婆は右の手に生きた疣だらけの蟇の両足を掴んでぶらさげてゐた。
「どうも強情つ張りよ、」
 妹が老婆を見て云つた。
「なに、この薬を飲ますなら、訳はありません、どれ一つやりませうかね、」
 老婆が蟇の両足を左右の手に別別に持つと女中が前へやつて来た。その手にはコツプがあつた。女はそのコツプを老婆の持つた蟇の下へ持つて行つた。
 老婆は一声唸るやうな声を出して蟇の足を左右に引いた。蟇の尻尾の所が二つに裂けて、その血が口を伝ふてコツプの中へ滴り落ちたが、それが底へ薄赤く生生しく溜つた。
「お婆さん、もう好いんでしよ、平生くらゐ出来たんですよ、」
 コツプを持つた女中はコツプの血を透すやうにして云つた。老婆も上からそれを覗き込んだ。
「どれどれ、ああ、さうだね、それくらゐあれや好いだらう、」
 老婆は蟇を足元に投げ捨ててコツプを
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