います。何も恐しいことはありませんよ。」
 羅は喜んで女についていった。女は深い山の中へ入っていった。そこに一つの洞穴があって、入口に渓《たに》の水が流れ、それに石橋をかけてあった。その石橋を渡って入っていくと石室が二つあって、そこには明るい光が照りわたっているので、燈火《あかり》を用いる必要がなかった。女は羅にいいつけて汚いぼろぼろの着物を脱がして、渓の中へ入って体を洗わし、
「これで洗いますと、創《きず》がなおりますよ。」
 といった。女はまた障《ついたて》をよせて褥《ねどこ》の塵を払って、羅に寝よと勧めて、
「すぐおやすみなさい、今晩あなたに着物をこしらえてあげます。」
 といった。羅が寝ると女は大きな芭蕉の葉のような葉を採って来て、それを切って縫いあわせて着物をこしらえた。羅は寝ながらそれを見ていた。女は着物をしあげるとたたんで枕頭《まくらもと》へ置いていった。
「朝、お召しなさい。」
 そこで二人は榻《ねだい》を並べて寝た。羅は渓の水で洗ってから瘡の痛みがなくなっていたが、ひと眠りして創へ手をやってみると、もう乾いて痂《かさぶた》ができていた。
 朝になって羅は起きようとしたが、宵《よる》に女がこしらえてくれた着物は芭蕉のような葉であるから、とても着られないだろうと思いながら手にとって見ると、緑の錦のひどく滑《なめ》らかなものであった。
 間もなく飯のしたくをした。女は木の葉を採って来て、
「これは餅《もち》です。」
 といって出した。羅は気昧悪く思いながら口にしてみると果して餅であった。女はまた木の葉を切って鶏と魚の形をこしらえて、それを鍋に入れて烹《に》たが、皆|真《ほんとう》の鶏と魚になった。室の隅《すみ》に一つの瓶《かめ》があって佳《よ》い酒を貯えてあったので、それを取って飲んだが、すこしすくなくなると渓の水を汲んで入れた。
 三、四日して羅の痂は皆落ちてしまった。羅は女に執着を持って同棲さしてくれといった。女はいった。
「ほんとにあなたは厭《いや》なかたね。体がよくなると、もうそんなことを考えるのだもの。」
 羅はいった。
「あなたに報いたいと思いまして。」
 とうとう二人は同棲することになって、ひどく歓愛しあった。
 ある日一人の若い婦人が笑いながら入って来て、
「翩翩《へんぺん》のおいたさん、うんとお楽しみなさいよ。面白いことはいつまでもつづ
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング