りでむしあつかった。孔生は斎園《さいえん》の亭《あずまや》に移った。その時孔生の胸に桃のような腫物《はれもの》ができて、それが一晩のうちに盆のようになり、痛みがはげしいので呻き苦しんだ。公子は朝も晩も看病にきた。孔生は苦痛のために眠ることもできなければ食事をすることもできなかった。
 二三日して孔生の腫物の痛みは一層劇しくなった。従って食物もますます食べられないようになった。そこへ公子の父もきたが、どうにもしようがないので公子と顔を見合わして吐息するばかりであった。その時公子が言った。
「私はゆうべ、先生の病気は、嬌娜《きょうだ》がなおすだろうと思って、おばあさんの所へ使いをやって呼びに往かしたのですが、どうも遅いのですよ」
 そこへ僮子が入ってきて言った。
「お嬢さんがお見えになりました」
 公子の妹の嬌娜と姨《おば》の松姑《しょうこ》が伴れだって来た。親子はいそいで内寝《いま》へ入った。しばらくして公子は嬌娜を伴れて来て孔生を見せた。嬌娜の年は十三四で、はにかんでいる顔の利巧そうな、体のほっそりした綺麗な少女であった。孔生は女の顔を見て苦しみを忘れ、気もちもそれがためにさっぱりとした。その時公子は言った。
「この方は、私の大事の方だ、ただの友達じゃない、どうかよくなおしてあげてくれ」
 女ははにかみをやめて、長い袖をまくり、孔生の榻に寄って往って診察した。そして、診察する女の手が孔生の手に触れた時ほんのりと佳い匂いがしたが、それは蘭の匂いにもまさるように思われた。女は笑って言った。
「いい、心脈が動いています、危険ですがなおります、ただ腫物がはりきっていますから、皮を切って肉を削らなくちゃいけません」
 そこで臂《ひじ》にはめていた金釧《うでわ》をぬいて腫物の上に置き、そろそろと押しつけるように揉んでいると、腫物は高く一寸ばかりも金釧の中へもりあがってきた。そして根際《ねぎわ》になったところも尽《ことごと》く内へ入って、前の盆のように濶《ひろ》かった腫物とは思われなかった。そこで羅《うすもの》の小帯から佩刀《はいとう》をぬいた。その刀は紙よりも薄かった。そして、一方の手に金釧を持ち、一方の手で刀をにぎって、かろがろと根のつけもとから切った。紫色の血が溢れ出て榻の上も牀もよごしてしまった。孔生は女の美しい姿が自分にぴったりと倚りそうているのがうれしくて、治療の痛み
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