公子に媒妁《ばいしゃく》をしてくれと頼んだ。
翌日になって公子は内寝から出てきて孔生に、
「おめでとう、ととのいましたよ」
と言った。そこで別院の掃除をして、孔生の婚礼の式をあげた。その夜は鼓を打ち笛を吹いて音楽を奏したが、その音楽の響は梁《うつばり》の塵を落して四辺《あたり》にただようた。それはちょうど仙人のいるところを望むようであった。そこで夫婦は衾幄《へや》を同じゅうすることになったが、それは月の世界が必ずしも空に在るときめられないように思われるものがあった。そして合※[#「丞/己」、第4水準2−3−54]《ごうきん》の後には、ひどく心の満足をおぼえた。
ある夜のことであった。公子は孔生に話をして、
「これまで学問をはげんでくだされた御恩は決して忘れませんが、ただ近ごろ、単公子が訴訟が落着して帰ったので、家を返してくれとひどく催促するものですから、もうこの地を引きあげて西に往こうと思うのです、それでもう今のようにいっしょにいていただくこともできないと思うのです」
と言った。離別を悲しむの情が二人の胸の中にまつわりついて、どうすることもできなかった。孔生は、
「では、私もいっしょに西に往きましょう」
と言った。公子は、
「お国へ帰ったらどうです」
と言った。故郷に帰って往くにはかなり旅費がかかるので孔生の力には及ばなかった。孔生は困った。すると公子が言った。
「御心配なさることはありません、すぐあなたを送ってあげますから」
間もなく父親は松娘《しょうじょう》を伴れてきて、黄金百両をもって孔生に贈った。そこで公子は左右の手で孔生夫婦を抱くようにして、
「ちょっとの間、眼をつむっていらっしゃい、送ってあげますから」
と言った。二人が眼を閉じるとその体は飄然と空にあがって、ただ耳際に風の音のするのを覚えるばかりであったが、しばらくして公子の、
「もう来たのですよ」
という声を聞いて目を啓《あ》けた。果して孔生の故郷の村であった。孔生ははじめて公子が人でないということを知った。孔生は喜んで自分の家の門を叩いた。母はひどく悦《よろこ》んで出てきた。母はまた悴の伴れている美しい女を見て悦んで慰めた。孔生は公子を内へ入れようと思って振りかえったが、もう公子の姿はなかった。
松娘は姑《しゅうと》に事《つか》えて孝行であった。そのうえ美しくてかしこいということ
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