》の礼を行った。礼がおわると席についた。そこには饗宴の筵《せき》が設けてあった。殿上の扁額《へんがく》を見ると桂府《けいふ》としてあった。竇は恐縮してしまって何もいうことができなかった。王はいった。
「お隣になっておるから御縁が深い。どうかゆっくりうちくつろいでくださるように。」
 竇は王のいうなりになって酒を飲んだ。酒が三、四まわると笙歌《しょうか》が下から聞えて来たが、鉦《かね》や鼓《つづみ》は鳴らさなかった。その笙歌の声も小さくかすかであった。やや暫くして王は左右を顧みて、
「朕《ちん》が一言いうから、その方達に対句《ついく》をしてもらおう。」
 といって一聯の句を口にした。
「才人桂府に登る、四座|方《まさ》に思う。」
 竇がそこでそれに応じていった。
「君子蓮花を愛す。」
 すると王がいった。
「蓮花はすなわち公主の幼な名だ。どうしてこんなに適合したであろう。これはどうしても夙縁《しゅくえん》だ。公主にそう伝えてくれ、どうしても出て来て君子にお目にかからなければならないと。」
 暫くたってから珮環《おびだま》の音がちりちりと近くに聞えて、蘭麝《らんじゃ》の香をむんむんとさしながら公主が出て来た。それは十六、七の美しい女であった。王は公主に命じて竇を展拝さしていった。
「これが蓮花です。」
 公主はすぐいってしまった。竇は公主を見て心を動かした。彼は黙りこんでじっと考えていた。王は觴《さかずき》をあげて竇に酒を勧めたが、竇の目はその方にいかなかった。王はかすかに竇の気持ちを察したようであった。そこで王がいった。
「子供はもう婚礼させなくてはならないが、ただ世界が違っているのを慚《は》じるのだ。どう思う。」
 竇は癡《ばか》のように考えこんでいたので、そこでまたその言葉が聞えなかった。竇の近くにいた侍臣の一人が竇の足をそっと踏んでいった。
「王が觴をあげたが君はまだ見ないですか。王がいわれたが君はまだ聞かないですか。」
 竇はぼんやりしていて物を忘れたようであった。そこで気がついてひどく慚じた。席を離れていった。
「臣は優渥《ねんごろ》なお言葉を賜りながら、覚えず酔いすごして、礼儀を失いました。どうかおゆるしくださいますように。」
 そして竇が退出しようとすると起っていった。
「君に逢ってから、ひどく好きになった。なぜそんなにあわてて帰られる。君がもういること
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング