《としごろ》の女《むすめ》となった。
女は美しかった。村の壮《わか》い男の眼にその姿があった。それは秋の黄昏《ゆうぐれ》のことであった。狩装束をした服装《みなり》の立派な武士が七八人の従者を伴《つ》れて来た。従者の手には弓や鉄砲があった。
「身分は憚るが、この方は御領内でも聞えた方じゃ、一夜の宿を頼もう」
従者の一人がお作と女の顔を見て云った。その傍には初老に近い顔の沢《つや》つやした主人が立っていた。お作と女は貴人の宿をした覚えがないから、まごまごして返事もできなかった。武士の方ではそんなことにはかまわず、さっさと上へあがって従者の持っていた割子や吸筒を出して酒の用意をした。割子には柿などがあった。
「お酌をさすがよかろう」
従者がお作に云った。女はおずおずとその前へ出て酌をした。
「その方達にも、盃をとらする」
主人の武士が、盃を出すと従者達はそれを順々にまわして往った。女はそれにいちいち酌をした。
主従は酒に酔うてきた。主人は白い歯を出して折おり笑った。お作もその傍へ出て女に不調法のないように注意していた。
「この家には、魔物を払うた時に、旅僧からもらった木札があると云うことじゃが、ほんとうか」
と、従者の一人が云いだした。
「ほんとうでございます」
と、お作が云った。
「それを一つ見せてもらおうか」
お作は人に見せる仮の木札をこしらえてあった。彼女は立って往って棚の隅から木札を持って来て渡した。
「これか、これか」
と、従者はそれを手に執ってからすぐ主人の方へさしだして、
「これが、その木札でございますそうで」
「そうか、これか、これがあれば大丈夫じゃな」
主人はまた白い歯を出して笑ってそれを袂に入れてしまった。お作は不審した。
「これから、御主人はお休みになるから、女子《むすめご》にお伽をさせるがよかろう」
従者はお作の顔を見た。お作は当惑した。
「どうだ、お伽をさしても好いだろう」
「これは、彼《あ》の」
お作は厭と云いきりたかったが、その怒を恐れて口籠った。
「厭と云うのか」
「女はまだ小供でございますから、どうか」
「小供でも許さん」
女《むすめ》は逃げようとした。従者はその手をぐっと掴んだ。お作ははらはらした。が、ふと、木札を入れた主人の怪しいそぶりに心が往った。十八年目に祟りがある、二歳であった女が二十歳になった。もしや、この武士が魔物ではないかと思った。女は従者に捕えられて叫んでいる。お作はいきなり起って地炉の傍へ往くとともに、懐の守袋の中に入れてある木札を執ろうとしたが手が顫えて執れないので、その紐を引きちぎって袋ごと火の中へ投げ入れた。
室の中の空気に凄じい激動が起こった。主人の武士をはじめ従者達は、雷にでも打たれたように背後《うしろ》へひっくりかえった。お作と女は世界が揺いだように思った。そして、やっと正気になってみると、武士の一行が坐っていた処に十疋ばかりの猿が死んでいた。その中で主人らしい武士のいた処に死んでいた猿は、灰色の老猿であった。
底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年8月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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