、この武士が魔物ではないかと思った。女は従者に捕えられて叫んでいる。お作はいきなり起って地炉の傍へ往くとともに、懐の守袋の中に入れてある木札を執ろうとしたが手が顫えて執れないので、その紐を引きちぎって袋ごと火の中へ投げ入れた。
 室の中の空気に凄じい激動が起こった。主人の武士をはじめ従者達は、雷にでも打たれたように背後《うしろ》へひっくりかえった。お作と女は世界が揺いだように思った。そして、やっと正気になってみると、武士の一行が坐っていた処に十疋ばかりの猿が死んでいた。その中で主人らしい武士のいた処に死んでいた猿は、灰色の老猿であった。



底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年8月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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