へ往こうと思って飯を喫っていると、門口で錫杖を鳴らす音がした。お作はその音を聞くと何んだか体がすっきりしたように思って、傍の笊にあった黍《きび》の餅を二つばかり持って出て往った。ぼろぼろの法衣《ころも》を着た、痩せて銀のような腮鬚《あごひげ》を生やした旅僧が立って念仏を唱えていた。
「お坊さん、茶もおいりようなら、茶も沸いております」
 お作は黍の餅をさしだしながら云った。旅僧はその餅を受けて首にかけた麻のずだ袋に収め、それから欠椀を出した。
「お気の毒じゃが、それでは、お茶を一ぱいいただきたい」
 お作は欠椀にお茶を汲んで来た。
「これはかたじけない」
 旅僧は押し戴いてその茶を旨そうに飲んだが、飲みながらお作の顔を見て云った。
「お前さんは、この比《ごろ》魔物にくるしめられておると見えるな」
 お作は驚いた。
「はい、不思議なことがございまして、恐ろしゅうて恐ろしゅうて、今日はこれから、親類の処へ往って、お加持を頼みたいと思うておるところでございます」
「そうだろう、魔物が来て憑いておるが、心配することはない、私がはろうてしんぜよう」
「これは、どうもありがとうございます」
「じゃ、私を地炉へ案内してくだされ、はろうてしんぜる」
 お作は旅僧を案内して庖厨《かって》の土間へ入った。旅僧はずだ袋の中から赤い小さな紙片を二三枚出して、何か唱えながらそれを地炉の火に入れた。家の中の空気が銀線を張ったようにぴんとなったかと思うと、急に風の吹くような音がしだした。それといっしょに赤い紙はめらめらと燃えてしまった。
「これで魔物は封じてしまったが、ただ一つ逃げた奴がある、ついすると、十八年目に祟りをするかも知れんから、その時の用意にこれをしんぜて置く」
 旅僧は懐から一寸ばかりある木の札をだしてそれをお作の手に載せた。それは二三字の怪しい文字を刻みつけたものであった。
「これは人の手に渡してはならん、人が見せてくれと云うたら、偽物を見せさっしゃい」
「ありがとうございます」
「それで、十八年目に怪しいことがあったら、それを火に入れさっしゃい」
 旅僧はこう云ってお作が礼を云おうとするのも待たないで飄然として往ってしまった。

 お作は女の子が生れるとともに夫に死なれていたから、他に家内と云うものがなかった。お作は女の手一つで夫の形見を育てていたが、何時の間にかその小供も年比
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