ら、あげるよ。
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旅人甲は、蒲留仙の方を見てから会釈をする。
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旅人甲 ありがとうございます。【それから乙の顔を見る】休ましてもらおうじゃないか。
旅人乙 よかろう、一ぷくさしてもらおう。
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旅人の二人は蒲留仙の向いへいって、荷物を置き、笠を除って腰をかける。蒲留仙は煙管を置いて、柄杓を持ち、壷の中の茶を二つの碗に入れる[#「入れる」は底本では「人れる」]。
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蒲留仙 茶をおあがり、淡巴菰もあるから、喫《の》みたい方は、勝手におあがり。
旅人甲 それではお茶をいただきます。
旅人乙 私もお茶を先ずいただきまして、後で淡巴菰を一ぷくいただきます。
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旅人甲から先に起って蒲留仙の前へいき、蒲留仙の汲んだ茶を取って飲む。
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蒲留仙 遠慮なしにおあがり、もっと入れてあげよう。
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蒲留仙は柄杓を持ったままである。旅人甲は二はい目の碗をだす。
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旅人甲 それではすみませんが、もう一ぱいどうか。
蒲留仙 いいともたくさんおあがり。
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蒲留仙は旅人甲の碗を取ってそれに茶を汲んでやる。旅人乙は碗を置く。
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旅人乙 私は淡巴菰を一ぷくいただきます。
蒲留仙 さあさあおあがり、淡巴菰はその袋の中に入っている。
旅人乙 ありがとうございます[#「ありがとうございます」は底本では「ありがとうございす」]、それではいただきます。
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旅人甲は二はい目の碗をもらって、それを持ってはじめの所へ行って腰をかける。旅人乙は皮袋に手をやって口を開け、中から淡巴菰を撮《つま》みだして煙管に詰め、足許の燃えさしの火でつけて、一すいして煙をだした後に、これもはじめの所へいって腰をかける。蒲留仙ももう煙管を持って旅人の方を見ている。
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蒲留仙 お前さん方は、どこから来なすった。
旅人甲 労山《ろうざん》からまいりました。
蒲留仙 ほう、労山から来なすったか、それはくたびれたろう。それにこの二、三日は暑いから……。
旅人甲 しかし、山の中はたいへんに涼しゅうございますね、路路いい水はありますし。
蒲留仙 水はいいよ、水のいいのは、山の中にいる者の一徳だ。この茶は、あの谷から湧く水だよ。
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蒲留仙は振りかえって後の人家の屋根越しに見える丘に煙管をさす。
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旅人甲 そうでございますか。
旅人乙 だからお茶でも味がちがいます。
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旅人甲は碗を持ったなりに、旅人乙は煙管を口から離して、ちょっと体を前屈みにし、涼亭の軒越しに眼をやる。
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旅人乙 なるほど、石があって、木があって、仙人のいるような山でございますね。
旅人甲 なるほどそうじゃ。
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蒲留仙は体の位置をなおして、旅人乙の顔を見る。
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蒲留仙 仙人といえば、お前さん方は、珍らしい話を聞いてやしないかね。何か面白そうな話があるなら聞かしてもらいたいが。
旅人乙 面白いはなし、そうでございますね。
蒲留仙 どんな話でもいいよ。狐の話でも、蛇の話でも、狼が女になって人間と夫婦になったというような話でも、悪人の話でも、鬼《ゆうれい》に逢った話でも、なんでもいいよ、わしは毎日、ここにこうしていて、旅の方に、いろいろの話をしてもらっているよ。
旅人甲 それは面白い趣向でございますね。べつにこれという面白い話もございませんが……、そうですな、私が家を出るすこし前に、こんな話を聞きましたが。唐《とう》といいまして、人の噂では、匪徒《ひと》の仲間入りをしているという男ですが、その男が二更《にこう》のころに、酒に酔って歩いておりますと、その晩は月があって、紅い着物を着た女が路のはたに蹲《しゃが》んでおるから、からかってみるつもりになったでしょうね。そっと背後から行って、くすぐると、女が顔をこっちに向けたが、どうでしょう、その顔は、目も鼻もない、つるりっとした白い肉のかたまりじゃありませんか。さすがの男も、きゃッといったきりで、そのままそ
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