っていてくれたまえ」
 それから数日して夜半に陸が来て門を叩いた。朱は急いで起きて往って内へ入れ、燭《あかり》を点けた。見ると陸の懐《ふところ》には何か物が入っていた。
「それは何だね」
 と朱が訊いた。陸は懐から包みを出して、
「君にこの間頼まれたものだよ、ちょいと佳いのがなくて困っていたが、やっと今晩佳い美人の首を手に入れたから、君の頼みをはたすことができるよ」
 と言った。朱がそれを開けて見ると血のべとべとした女の頭であった。陸はそこで、
「早く、早く、急ぐんだよ、そして人を起してはいけないよ」
 と言って居間に入ろうとしたが、夜は入口の扉をきちんと締めてあるので朱は困っていた。と、陸が来て片手で押した。扉は手に従ってしぜんと開いた。そこで細君の寝室へ入った。細君は体を横にして眠っていた。陸は美人の頭を朱に持たして、自分は靴の中から匕首のような刃物を出し、細君の頸にあてがって瓜を切るように切りはなした。頭はころりと枕の傍へ落ちた。陸は急いで、朱の持っている美人の頭を取って切口にきちんと合わせ、そして後ろにしっかりと押しつけたが、これがすむと枕を肩にあてがい、朱に言いつけて細君の頭を静かな所に埋めさせて帰って往った。
 朱の細君はその後で眼を醒ましたが、頸のまわりがすこし麻れて、顔がこわばったような気がするので手をやってみた。するとその手に血がついたのでひどく駭いて、婢《じょちゅう》[#ルビの「じょちゅう」は底本では「ぢょちゅう」]を呼んで盥《たらい》に水を汲ました[#「汲ました」は底本では「汲みました」]。婢は細君の顔が血みどろになっているので驚いて倒れそうにした。やがて細君が顔を洗ってみると盥の水が真赤になった。洗った後で細君が首を挙げると、顔の相好が変っているので婢はますます駭いた。細君は鏡を取って顔を映してみた。見も知らぬ人の顔になっているので駭いてしまった。そこへ朱が入ってきて理由を話した。細君はそれによって顔を映しなおして精《くわ》しく見た。それは眉の長い笑靨《えくぼ》のある絵に画いたような美人の顔であった。領《えり》をすかして験べてみると、紅い糸のような筋がぐるりに著いて、上と下との肉の色がはっきりと違っていた。
 その時|呉侍御《ごじぎょ》という者があって、美しい女《むすめ》を持っていたが、二度も許婚《いいなずけ》をして結婚しないうちに夫になる人
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