りもわるいので、何か言わなくてはわるいと思ったが、言うべき詞が見つからなかった。
 女は寝床の上にいつの間にかあがってしまった。許宣は呼吸《いき》苦しいほどの幸福に浸っていたが、ふと気が注くとそれは夢であった。
 翌朝になって許宣はいつものように早くから鋪《みせ》へ往ったが、白娘子のことが頭に一ぱいになっていて仕事が手につかないので、午飯《ひるめし》の後で口実をこしらえて舗を出て、荐橋の双茶坊へ往った。
 許宣はそうして白娘子の家を訪ねて歩いたが、それらしい家は見つからなかった。人に訊いても何人《だれ》も知っている者はなかった。許宣は場処の聞きあやまりではないかと思って考えてみたが、どうしても双茶坊であるから、やめずに町の隅から隅へと訪ねて往った。しかし、それでもどうしてもそうした家がなかった。彼はしかたなしに諦めて、くたびれた足を引擦るようにして帰りかけた。東西になった街の東の方から青い上衣の小婢が来た。
「おや、いらっしゃいまし」
「傘をもらっていこうと思って、今、来たところですが、どこです」
 許宣は腹の裏を見透かされるように思って長い間探していたとは言えなかった。彼はそうして小
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