卒が往った時、あなたは牀の上にいて、大きな音がするとともに、いなくなったじゃありませんか、あれはどうしたのです、おかしいじゃないか」
白娘子は笑声を出した。
「あれは婢《じょちゅう》に言いつけて、板壁を叩かしたのですよ、その音で捕卒がまごまごしてよりつかなかったから、その隙に逃げて、華蔵寺前の姨娘《おばさん》の家に隠れていたのです、あなたはちっとも、私のことなんか考えてくださらないで、あべこべに私を妖怪あつかいにするのですもの、でも私はあなたの疑いさえ解けるならいいのです、これで失礼いたします」
白娘子は小走りに走って外へ出ようとした。王主人の媽媽があわてて走って往って止めた。
「まあ、遠い処をいらしたのですから、二三日お休みになって、もっとお話しするがいいじゃありませんか」
白娘子は引返しそうにしなかった。小婢が傍から言った。
「奥さん、御親切にあんなに言ってくださいますから、もすこしお考えなすったら如何です」
白娘子は小婢の方を見た。
「でも、あの方は、もう私のことなんか、思ってくださらないのですもの」
王主人の媽媽は白娘子を放そうとしなかった。
「もうすっかり事情も判ったのですから、許宣さんだって、いつまでも判らないことは言わないですよ」
許宣はもう白娘子に対する疑念が解けていた。王主人の媽媽は、白娘子を許宣の室へ伴れて往った。許宣と白娘子はその夜から夫婦となった。
許宣の許へ白娘子が来てからまた半年ばかりになった。ある日、それは二月の中旬のことであった。許宣は二三人の朋友と散策して臥仏寺《がふつじ》へ往った。その日は風の暖かな佳い日であったから参詣人が多かった。許宣の一行は、その参詣人に交って臥仏の前へ往き、それから引返して門の外へ出た。そこには売卜者《えきしゃ》や物売る人達が店を並べていた。その人びとの間に交って一人の道人が薬を売り符水《ふすい》を施していた。道人は許宣の顔を見ると驚いて叫んだ。
「あなたの頭の上には、一すじの邪気が立っている。あなたの体には、怪しい物が纏《まと》うている、用心しなくては命があぶない」
許宣は非常に体が衰弱して気分がすぐれなかった。それに白娘子に対して抱いている疑念もあった。彼はそれを聞くと恐ろしくなった。地べたに頭をすりつけるようにして言った。
「どうか私を助けてください」
道人は頷いて符《ふだ》を二枚出した。
「これをあげるから、何人にも知らさずに、一枚は髪の中へ挟み、一枚は今晩|三更《よなか》に焼くがいい」
許宣はそれをもらうと朋友に別れて家へ帰り、一枚は頭の髪に挟み、一枚は三更になって焼こうと思って、白娘子に知らさずに時刻のくるのを待っていた。
「あなたは、また私を疑って、符を焼こうとしていらっしゃるのですね、こうして、もう長い間、いっしょにいるのに、どこが怪しいのです、あんまりじゃありませんか」
傍にいた白娘子が不意に怒りだした。許宣はどぎまぎした。
「いや、そんなことはない、そんなことがあるものか」
白娘子の手が延びて許宣の袖に中に入れてあった符にかかった。白娘子はその符を傍の灯の火に持っていって焼いた。符はめらめらと燃えてしまった。
「どう、これでも私が怪しいのですの」
白娘子は笑った。許宣はしかたなしに分弁した。
「臥仏寺前の道人がそう言ったものだから、彼奴《あいつ》俺をからかったな」
「ほんとに道人がそんなことを言ったなら、明日二人で往ってみようじゃありませんか、怪しいか怪しくないか、すぐ判るじゃありませんか」
翌日許宣と白娘子は、伴れ立って臥仏寺の前へ往った。臥仏寺の境内はその日も参詣人で賑わっていた。かの道人の店頭にも一簇の人が立っていた。白娘子はその道人がかの道人だということを教えられると、そのまま走って往った。
「この妖道士、人をたぶらかすと承知しないよ」
符水《ふすい》を参詣人の一人にやろうとしていた道人はびっくりして顔をあげた。そして、白娘子の顔をじっと見た。
「この妖怪《ばけもの》、わしは五雷天心正法《ごらいてんしんしょうほう》を知っておるぞ、わしのこの符水を飲んでみるか、正体がすぐ現われるが」
白娘子は嘲るように笑った。
「ちょうどいい、ここに皆さんが見ていらっしゃる、私が怪しい者で、お前さんの符水がほんとうに利《き》いて、私の正体が現われるというなら飲みましょうよ、さあください、飲みますよ」
「よし飲め、飲んでみよ」
道人は盃に入れた水を白娘子の前へ出した。白娘子はそれを一息に飲んで盃を返して笑った。
「さあ、そろそろ正体が現われるのでしょうよ」
許宣をはじめ傍にいた者は、またたきもせずに白娘子の顔を見ていたが、依然としてすこしも変らなかった。
「さあ、妖道士、どこに怪しい証拠がある、どこが私が怪しいのだ」
道
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