者がどうしたかと言って訊くと、彼は連日の疲れで体を痛めたためだと言った。
 李克用の気もちが好くなったので、宴席も元のとおりになったが、やがてその席も終って客は帰って往った。白娘子はいつの間にか家へ帰っていたが、許宣に話したいことがあるのかそっと舗へ来た。
「今晩は、みょうに気もちがわるいから、来たのですよ」
「今晩は御馳走になっていい気もちじゃないか」
「いい気もちじゃありませんよ、あなたは、ここの旦那を老実な方だと言いましたが、どうしてそうじゃありませんよ、私が東厠へ往ってると、後からつけてきて手籠めにしようとしたのです、ほんとに厭な方ですよ」
「しかし、べつにどうせられたというでもなかろう、まあいいじゃないか、早く帰ってお休みよ」
「でも、私はあの旦那が恐いわ、これからさき、まだどんなことをせられるか判らないのですもの、それよりか、私が二三十両持ってますから、ここを出て、碼頭《はとば》のあたりで、小さな薬舗を開こうじゃありませんか」
 許宣も人の家の主管をして身を縛られているよりも、自由に自分で舗を持ちたかった。彼は白娘子の詞に動かされた。
「そうだな、小さな舗が持てるなら、そりゃその方がいいが」
「では持とうじゃありませんか」
「そうだね、持ってもいいな、じゃ、暇をくれるかくれないか、明日旦那に願ってみよう」
 許宣は翌日李克用に相談した。李克用は自分の弱点があるうえに奇怪な目に逢っているので、許宣の言うことに反対しなかった。そこで許宣は白娘子と二人で、碼頭の傍へ手ごろの家を借りて薬舗をはじめた。許宣ははじめて一家の主人となっておちつくことができた。
 七月の七日になった。その日は英烈竜王の生日《えんにち》であった。許宣は金山寺へ焼香に往きたいと思って、再三白娘子に同行を勧めたが白娘子は往かなかった。
「あなた一人で往ってらっしゃい、しかし、方丈へ往ってはいけないのですよ、あすこには、坊主が説経してますから、きっと布施を取られますよ、いいですか、きっと方丈へ往ってはいけないのですよ」
 許宣は独りで往くことにして、舟を雇い、上流約一里の処にある金山寺の島山へ往った。揚子江の赤濁りのした流れを上下して、金山寺へ往来する参詣人の舟が水鳥の群のように浮んでいた。京口瓜州一水《きょうこうかしゅういっすい》の間、前岸瓜州《ぜんがんかしゅう》の楊柳は青々として見えた。

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