ます」
伯父にはあたりがつかなかった。
「私とは、何人だ」
「私の声が判りませんか」
伯父さんはやっぱり判らなかった。
「判らないね、何人《だれ》だ」
「私は芳三でございます」
伯父さんは体がぞくぞくした。芳三とは新仏の名であった。
「…………」
「あなたは何人でございますか」
「わしは、伯父の林蔵じゃ」
伯父さんの声は顫えた。
「伯父さんでございますか、伯父さんなら頼みたいことがあります」
「なんじゃ、どんな頼みじゃ、云うが好い、お前の云うとおりにしてやる」
「伯父さん、私は、己《じぶん》の物が皆欲しゅうて、それで出て来ました、衣服《きもの》も、道具も、私の使っていた物は、皆墓へ持って来て埋めてもらいとうございます、そうして貰わないと私は心が残って、浮ばれません」
伯父さんはなるほど仏の云うことが尤もだと思った。
「よし、明日、夜が明け次第、皆持って往って埋めてやる、安心するが好い、それから家のことも心配せんが好い、皆で世話して好いようにしてやる」
「それではお願いします、そうして貰えないと、私は浮ばれません」
「好いとも、夜が明け次第、持って往って埋めてやる」
「それではお願いします」
「好いとも、他にもう云いたいことはないか」
外からはもうなんの声も聞えなかった。伯父さんは仏が帰ったと思ったので、家の中へ逃げるように入って往った。
伯父さんは藤代をはじめ其処へいっしょに泊り合せている親類の者を起して、仏の云ったことを話し、翌朝芳三の衣服《きもの》から煙草入れに至るまで一切持って往って墓の側に埋めた。
その伯父さんは店の整理があるので、やはり甥の家にいたが間もなく初七日が来た。酒屋では初七日の法事をしてその後で親類や隣の者に精進料理の饗応《ごちそう》をしたので、朝から非常に忙しかったが、夕方になるとその客もやっと帰ったので、家内は十時比になって寝てしまった。
伯父さんもすこし飲んだ酒の疲れのために、一睡りして便所に起きたところで、また裏門の戸を叩く音が聞えて来た。伯父さんは立ちすくんだようになってその音を聞いていた。
戸の音はまた聞えて来た。伯父さんはまた芳三が何か云いたいことがあって来たのであろうと思った。伯父さんは恐ろしくって体がまたぞくぞくしだしたが、それでも逃げるわけに往かないので困ってしまった。と、その日来て泊り合せていた藤代の父
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