逃れて、苦しまないようになりましょうか、それをお知らせくださいまして、枯魚《こぎょ》が斗水《とすい》を得るように、また窮鳥が休むに好い枝に托《つ》くようになされてくださいませ、それが万一、私の運が定っていて、後からどうすることもできなくて、一生を薄命不遇に終らねばならぬようになっておってもかまいません、どうかお知らせくださいますように」
 友仁はそのままそこへ※[#「足へん+全」、221−13]伏《せんぷく》していた。祈願の人が韈《くつ》の音をさしてその側を往来していた。友仁の耳へはその音が遠くの音のように聞えていた。
 いつの間にか夜半《よなか》に近くなっていた。祠の中はもうひっそりとしていた。と、呵殿《かでん》の声がどこからともなしに聞えてきた。友仁はこの深夜にどうした官人が通行しているだろうと思っていた。
 呵殿の声はしだいに近くなってきた。友仁は官人の何人かが秘かに参詣に来たものであろうと思って、廟門の方へ眼をやった。
 呵殿の声はもう廟門を入ってきた。官人の左右に燭《とも》しているのであろう紗の燈籠が二列になって見えてきた。と、各司曹にあった木像の判官が急に動きだして、それが皆外へ走って往って入ってきた官人を迎えた。前呵後殿、行列の儀衛は一糸も乱れずに入ってきた。紗燈《しゃとう》の光は朝服をした端厳な姿の官人を映しだした。
 友仁はすぐこれは城隍祠の府君であると思った。官人はやがて正殿に登って坐った。するとかの判官たちが、順々にその前へ出て拝謁したが、終ると皆自分自分の司曹へ帰って往った。友仁の前へも一人の判官が帰ってきた。それはそこの発跡司の主神で、それは府君に扈従《こじゅう》して天に往っていて帰ったところであった。
 今まで暗かった司曹が明るくなっていた。※[#「巾+僕のつくり」、第3水準1−84−12]頭角帯《ぼくとうかくたい》、緋緑《ひりょく》の衣を着た判官が数人入ってきて何か言いはじめた。友仁は何を言うだろうと思って案《つくえ》の下へ身を屈めて聞いていた。
「―県の―は、米を二千石持っておったが、この頃の旱魃《かんばつ》と虫害で、米価があがり、隣境から糴《いりよね》がこなくなって、餓死人が出来たので、倉を開いて賑わしたが、元価を取りて利益を取らず、また粥を焚いて貧民を済《すく》ったので、それがために命をつないでいる者が多いといって、さっき県神《け
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