なった。
そのうちに四年の歳月が経った。孫恪は某時《あるとき》、親戚の張閑雲《ちょうかんうん》という者の事を思いだして、久しぶりにその家へ往った。閑雲は孫恪の顔をつくづく見て、
「お前の顔色は非常に悪い、これはきっと妖怪に魅いられている」
と言ったが、孫恪は別にそんな心あたりもないので、
「別に怪しいと思う事もないが」
と不審する。
「人は天地陰陽の気を受けて、魂魄を納めている、もしその陽が衰えて陰が盛んになれば、その色がたちまち表に露《あら》われるが、本人には解らない」
と、閑雲が主張するので、孫恪は袁氏の婿になった事を話した。すると閑雲が、
「それが怪しい、速《すみやか》に去るがよい」
と、言って勧めたが、孫恪は、
「しかし、袁氏は財産があるうえに賢明な女で、我《おれ》のために非常に尽してくれている、その恩に対しても棄て去る事ができない」
と言って、その言葉を用いないので、閑雲が怒って、
「邪妖の怪恩は恩とは言えない、またそれに叛いたからとて不義とは言えない、我家に宝剣があるから、それを貸してやろう、それを帯びて往けば、妖魔の類は千里の外に遁げ走る」
と言って、一振の刀を出してきた。
孫恪は心に惑いながらも、その剣を持って帰った。すると袁氏は既にそれを悟って、
「郎君《あなた》はもと貧しかったのを、私が憐んで夫婦となり、交情も日ましに厚くなっているにかかわらず、その恩義をわすれて、私を棄てようとするのは、人の道にはずれたしうちだ」
と言って泣いた。孫恪はその言葉を聞くと非常に心に恥じた。
「これは自個《じぶん》の本意でなくて、親戚の張閑雲から強いて言われたから、しかたなくやろうとした事だ、どうか怒りをやめてくれ、我には決して二心がない」
と、これも涙を流してあやまった。
そこで袁氏は孫恪の持ってきた剣を手に取って、それを箸を折るようにぽきぽきと折った。孫恪は懼《おそ》れて遁げ出そうとしたが、それも怖ろしいのでわなわなと慄えていた。袁氏は莞爾《にっ》と笑って孫恪の顔を見て、
「数年間も同居して、こうした間になっているから、決して郎君を害する事はない」
と言った。孫恪は遁げるのも怖ろしいのでそのまま袁氏の婿となっていた。その後、孫恪は張閑雲に逢って、その日の事を話すと、閑雲は仰天して、
「変異測りがたし」
と、言って、それから孫恪と逢わないよ
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング