う》せられた。犯人は千代に失恋した村の若者であった。
千代の怨霊《おんりょう》が夜な夜な風呂場に現れると云う噂がたったのは、それから間もなくであった。そのために其の部落では、各戸にあった風呂を廃して共同風呂を設け、そこで入浴することになった。
共同風呂を設けた処は、酒や雑貨を商《あきな》うかたわら、旅籠《はたご》を兼ねている家であった。そこは裏の小川から水車で水を汲みあげるので、共同風呂の中には平生《いつも》木の葉や芥虫《ごみむし》の死骸などが浮いていた。時には小魚が泳いでいることもあった。
部落の人は共同風呂を作ったばかりでなく、千代の命日には、風呂供養とも云うべき一種の行事を営んで千代の霊を慰めたが、その日は部落の人たちは、一日じゅう行水《ぎょうずい》もしないで、風呂桶を浄め、そして、それに供えものをし、燈明をあげるのであった。それはちょうど、盆《ぼん》の精霊迎《しょうりょうむかえ》のような行事であった。長年行商をして、諸国を歩いていたKが、某時《あるとき》私に此の話をした。私は好奇心を動かして、
「その部落には、今でも其の習慣が残っているだろうか」
と云って聞くと、Kは、
「さあ、もう三十年も昔のことだから、どうですかねえ」
と云ったが、ついすると、今でもそれが行われているかも知れない。
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
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