かった。
葬式が終ると七郎は弓を負って山の中へ入った。ますます佳い虎の皮を獲《え》て武に報いなくてはならないと思った。しかし、どうしても虎を獲ることができなかった。武は探ってこの事情を知ったので、そこで七郎に急いでやらないようにといった。そして是非一度来てくれといったが、七郎は負債《かり》のあるのを遺憾として、どうしても来なかった。武はそこで先ず旧《ふる》くから蓄えてある皮をくれといって、早く七郎に来てもらおうとした。七郎は蓄えてある革を検《しら》べてみると、それは虫が喫《く》って敗れ、毛も尽《ことごと》く脱《ぬ》けていた。七郎はがっかりすると共に武から金をもらったことをひどく後悔した。武はそれを知って七郎の家に来て、心から慰め、入って敗れた革を見て、
「これで佳い。僕のほしいのは、もともと毛でないから。」
といって、その毛のない革を抽《ぬ》いて、七郎を伴れて一緒にいこうとした。七郎は聞かなかった。そこで武は独《ひと》りで帰っていった。
七郎はどうしても毛のない革位では武に報いるに足りないと思ったので、食物を持って山へ入り、三晩四晩|明《あ》かしているうちにやっと一|疋《ぴき》の虎を獲った。そこでそっくりそれを武の家へ持っていった。武は喜んで御馳走をかまえて知人を呼ぶと共に、七郎には三日間おってくれといった。七郎は遠慮して帰ろうとした。武は庭の戸に鍵《かぎ》をかけて出られないようにした。他の客は七郎の質朴できたない風体をしているのを見て、公子は人の見さかいなしに交際しているといって囁《ささや》きあった。武はそんなことには頓着《とんちゃく》なく、七郎をもてなしたが、そのもてなしかたがひどく他の客とちがっていた。武はまた七郎に新らしい衣服を着せようとしたが、七郎がどうしても着ないので、寝ている間にそっと易えてあった。七郎はしかたなしにそれを着た。
そして七郎が帰っていったところで、七郎の子供が祖母にいいつけられて、新しい衣服を返して、破れたもとの衣服を取りに来た。武は笑っていった。
「帰っておばあさんにいっておくれ。あれはもう履《くつ》の裏にしたってね。」
それから七郎は毎日のように兎や鹿を送って来たが、自分は呼んでももう来なかった。武はある日、七郎の家へいったが七郎は猟にいってまだ帰っていなかった。七郎の母親が出て来て、門によっかかっていった。
「どうか二度と悴を呼ばないようにしてください。あまり有難く思いませんから。」
武はそれに敬礼したままで恥じて帰って来た。
半年ばかりしてのことであった。武の家の者が不意にいった。
「七郎は獲《と》った豹《ひょう》を争って、人をなぐり殺して、つかまえられました。」
武はひどく驚いてかけつけた。七郎はもう械《かせ》をはめられて監獄の中に入れられていた。七郎は武と顔を見合わして黙っていたが、ただ一言いった。
「どうか母のことを願います。」
武は心を痛めながらそこを出て、急いでたくさんの金を邑宰《むらやくにん》に送り、また百金を七郎の讎《かたき》の家へ送ったので、一ヵ月あまりで事がすんで七郎は釈《ゆる》されて帰って来た。母親は悲痛な顔をしていった。
「お前の体は武公子からもらったのだから、もうわしが惜むわけにいかない。ただわしは、公子が一生を終るまで、災難のないように祷《いの》っている。それがお前のさいわいなのだ。」
七郎は武の家へいって礼をいおうとした。母はいった。
「いくならばいってもいいが、公子に礼をいってはいけない。小さな恩は礼をいうが、大きな恩は、決して礼をいってはいけない。」
七郎は武の家へいって武に逢った。武はやさしい言葉で慰めた。七郎は武のいうことを聞くのみであった。武の家の者は七郎の礼儀を知らないのを怪しんだが、武はその誠の篤《あつ》いのを喜んでますます厚遇した。それから七郎はいつも三、四日武の家に滞在していくようになった。物を送ると皆取って、先のように遠慮しないと共に返しのこともいわなかった。
ちょうど武の誕生日が来た。客と家の者とが繁《しげ》く出入して、夜もさわがしかった。武は七郎と小さな室《へや》へ寝たが、三人の下男はその寝台の下へ来て藁《わら》を敷いて寝た。二更がもう過ぎようとすると下男達は皆睡ってしまったが、武と七郎はまだそれからそれと話していた。七郎の腰につけている刀が壁際にかけてあったが、それが不意にひとりでに抜けて、鞘《さや》から二、三寸ばかり出て、ちゃりんという響と共に、その光がぎらぎらと電《いなずま》のように光った。武は驚いた。七郎も起きて、
「下にいる者は何人《なんぴと》です。」
と訊《む》いた。武は、
「皆下男です。」
と答えた。七郎がいった。
「このうちに、きっと悪人がおります。」
武はその故《わけ》を訊いた。七郎はいった
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