、肥後の阿蘇山が鳴動して、池の水が空中に沸きあがったが、その九年五月になって噴火した。豊後の鶴見山もその年の一月に噴火した。貞観は天変地異の多い年であった。十一年五月には、陸奥に地震があって海嘯が起り、無数の溺死人を出したが、これは明治二十九年の三陸海嘯の先駆をなす記録であろう。元慶二年九月に相模、武蔵をはじめ関東一円に地震があった。仁和二年五月二十四日の夜には、安房国の沖に黒雲が起って、雷鳴震動が徹宵止まなかったが、朝になってみると小石や泥土が野や山に二三寸の厚さに積んでいた。この現象は海中の噴火か、それとも三原山の噴火か、その原因は判らない。
この不可思議にしてはかられざる自然の脅威に面して、王朝時代の人はいかに恐怖したことであろう。いかに無智の輩でも地震がどうして起るかぐらいのことを知らない者のない現代においてさえ、一朝今回のような大地震に遭遇すると、大半は周章狼狽|為《な》すところを知らなかった。世の終りを思わすような激動が突如として起り、住屋を倒し、神社仏閣を破り、大地を裂き、その裂いた大地からは水を吹き、火を吐き、海辺の国には潮が怒って無数の人畜の生命を奪うのに対して、茫然自失、僅かに地震の神を祭ってその禍を免れようとしたのは無理もないことである。後世からは、和歌連歌に男女想思の情を通わして、日もこれ足りないように当時の文華に酔うていたと思われる王朝時代の人人も、そうした地震に脅かされる傍、火に脅かされ、風に脅かされた。「方丈記」にも、「去にし安元三年四月二十八日かとよ、風烈しく吹きて静かならざりし夜、亥の時ばかり、都の巽より火出で来りて、乾に至る。はては朱雀門、大極殿、大学寮、民部省まで移りて、一夜の程に塵灰となりにき。火本は樋口富小路とかや、病人を宿せる仮家より出で来たりけるとなん。吹き迷ふ風に、とかく移り行くほどに、扇をひろげたるが如く末広になりぬ。遠き家は煙にむせび、近き辺はひたすら焔を地に吹きつけたり。空には灰を吹きたれば、火の光を映じて普く紅なる中に、風に堪へず吹き切られたる焔、飛ぶが如くにして、一二町を越えつつ移り行く、その中の人現心あらんや。或は烟にむせび倒れ伏し、或は焔にまかれて忽ちに死に、或は又僅かに身一つ辛くして遁れたれども、資財を取り出づるに及ばず。七珍万宝、さながら灰燼となりにき」と書いてある。火は時時皇居も焼いた。その火は失火もあるが盗賊が掠奪のための放火もあった。その盗賊は綱紀の緩んだのに乗じて京都の内外に横行した。袴垂、鬼童、茨木、一条戻橋の鬼なども、その盗賊の一人であろう。
二 地震海嘯の呪いある鎌倉
地震の記録をあさってみると、地震は政権に従って移動しているような観がある。藤原氏の手から政権を収めていた平氏が破れて、源氏が鎌倉に拠ると、元暦元年十月を初発として鎌倉に地震が頻発した。それは王朝時代には僻遠の地として、武蔵、相模の名で大掴みに記されていたものが、文化の発生と共に細かなことまで記される余裕ができたためか、それとも武蔵、相模方面の活動期になっていたのに偶然に遭遇したためであるか。その鎌倉には幕政時代の終りごろまで百四五十回の地震があって、骨肉|相食《あいは》んだ鎌倉史の背景となって、陰惨な色彩をいやがうえにも陰惨にして見せた。
その鎌倉の地震のうちで大きかった地震は、建保元年五月の地震で、それには大地が裂け、舎屋が破壊した。この建保年間には、元年から二年三年と続けて十数回の強震があった。安貞元年三月にも大地震があって、地が裂け、所所の門扉|築地《ついじ》が倒れた。古老はこれを見て、去る建暦三年和田佐衛門尉義盛が叛逆を起したころにも、こんな大地震があったと噂しあったということである。仁治元年四月の地震には海嘯《つなみ》があって、由比ヶ浜の八幡宮の拝殿が流れた。建長二年七月の地震は余震が十六度に及んだ。
正嘉元年八月の地震は、最もひどい地震で、関東の諸国にも影響を及ぼしている。それには神社仏閣、人家はもとより立っている建物の一軒もないように潰れ、山が崩れ、地が裂け、地の裂け目からは、泥水を吹き、青い火を吹いて、余震は月を越えた。そしてその翌年の八月に大風があり、三年に大飢饉があり、正元に入ってから二年続けて疫病があったので、日本全国の同胞は大半死につくしたように思われた。日蓮の立正安国論はこの際に出たものである。
永仁元年四月の地震も、正嘉の地震に劣らない地震であった。そのころは怪しく空が曇っていて、陽の光も月の光もはっきり見えなかったが、その日は墨の色をした雲が覆いかかるようになっていた。そして榎島の方が時時震い、沖の方がひどく鳴りだした。これはただごとではない、また兵乱の前兆か、饑饉疫癘の凶相かと、人人が不思議がっていると、午の刻になって俄かに大地
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