の店へ往った。
 夜の内に帰るはずの文世高が帰らないので、朝早く起きて裏門口へ容子を見に往ったりしていた老婆は、劉家の使に接して心が顫えた。しかし、病気でもないのに往かないわけにゆかないので、おそるおそる使の者に随いて往った。
 使の者は老婆を花園の方へ導いた。そこには夫人が泣きながら立っていた。
「お婆さん、お前さんは、よくもうちの児《こども》を殺してくれたね」
 老婆は文世高の忍び込んだことが顕われたと思った。
「奥様、私は何も存じません、ただ文世高とお嬢さんが、想いあって、詩のやりとりをしておったことは知っております」
「お婆さん見てやってくださいよ、うちの児はこんな姿になりましたよ」
 棲雲石のそばには二つの死骸が見えて劉万戸が立っていた。老婆はふらふらその傍へ往った。血の気を失った文世高の顔、秀英の顔。老婆は心から悲しくなって泣きだした。その老婆の耳へ劉万戸の声が聞えてきた。
「佳いことをしでかしてくれて、泣いてもらうにはおよばないよ、だが、しかし、もう、なんと言ってもおっつかない、それよりは他へ知れないように、この二つの死骸の始末をしなくてはいけない、小厮《やといにん》にも知らさずに、そっと始末したいが、なんか婆さんに佳い考えはないかな」
 老婆はもう泣くのをやめていた。
「それは、わけはありません、私の姪《おい》が棺屋をしておりますから、李夫《りふ》といいますが、あれに二人入る棺をこしらえさして、夜、そっと持ちだして葬ったら、何人にも知らさずにすみますよ」
 劉万戸は夫人と相談して施十娘に三十両の銀子をわたした。施十娘はその金を持って姪の許へ往って耳うちした。
 そこで棺屋の李夫は、急いで大きな棺をつくり、二三人の者にそれを舁《かつ》がして、その日の黄昏時《たそがれどき》、劉家の裏門へ忍んで往くと、門口には春嬌が待っていて戸を開けて内へ入れた。
 そして、棺は家の内へ運ばれたが、ひとまず棺舁《かんかつぎ》どもは外に出されて李夫が一人残り、そこにあった男女二人の死骸を棺の中へ収めた。収め終ると、夫人が泣く泣く秀英の首飾や花簪児の類を持ってきてその中へ入れた。李夫はその容《さま》を盗むように視ていた。
 やがて棺桶は持ちだされて、天笠山《てんりゅうざん》の麓へ運ばれ、同地の風習に従って軽く棺の周囲《まわり》に土を被せかけて葬られた。
 そこには月の光があっ
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