はしゃがれ声で云った。
「お客様が、金創の薬をくれると云うきに、つけてもろうたらどう」
「なに、金創の薬」と、云って老婆は頭をあげた。頭は穢い衣《きもの》の破れでぐるぐると巻いていた。
「お婆さん、怪我をしたそうなが、どんなことでございます」と、飛脚は鍛冶の横の方から云った。
老婆は凄い顔をしてきっと飛脚の方を見たが、みるみる口が耳の方にひろがって往った。
「昨夜《ゆうべ》の侍じゃな」と、云って老婆は物凄い吠えるような声をだした。老婆の形は見る見る恐ろしい獣になった。
鍛冶は驚いて気絶した。
飛脚は刀を抜いて怪狼に飛びかかってその咽喉元を刺し通した。
怪狼は一二年前、鍛冶の老母が山へ枯枝を拾いに来たのを喫《く》い殺して、それに化けていたのであった。
鍛冶は其処でほんとうの母親の骨らしい物を尋ねだして父親の墓の傍へ葬った。これは土佐で有名な伝説である。
底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「一面に物騒がしくがさがさと鳴りだした」「土佐の方へ往く者」の箇所は、それぞれ底本では「一面に物騒がしくがさがさがと鳴りだした」「土佐の方へ住く者」でしたが、親本を参照して直しました。
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年8月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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