ょっこりと帰って来た。直は仁蔵の顔を見るなり、
「まあ、おまえさん」
 と云って、仁蔵に取りすがって泣いた。仁蔵は良い商売があったから、さきからさきへ往っていたと云って、もうけたと云う金を出してみせた。直はそれで安心した。仁蔵はそれからまた行商に往ったが夕方にはきっと帰った。
 其の日も平生のように帰って来たので、すぐ夕飯にして二人で楽しそうに食事をしていたところで、ふいに表の障子を蹴《け》やぶるようにして飛びこんで来た者があった。それは一方の手に棍棒《こんぼう》を持っていたが、飛びこんで来るやいなや仁蔵を撲《なぐ》りつけた。
「な、なにをする」
 直は驚いて無法漢《むほうもの》に立ち向った。其の無法漢は仁蔵に生写《いきうつし》の男であった。
「あ」
 直は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。直は倒れている所夫《おっと》の仁蔵を見た。其処《そこ》には所夫のかわりに一匹の大きな狸が血まみれになって倒れていた。
 直が四月以来同棲していたのは狸であった。
 一方行商に出ていた仁蔵は、夢遊病者のようになって彼方此方《あっちこっち》歩いていて、やっと気が注《つ》いて帰っ
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