も知れない石塔であったり石地蔵であったり、狸であったりしたが、中でも多いのは狸であった。
「あれは、其《ある》処の狸じゃ」
 村の人はその狸の名まで知っていた。狸が流行神様になるには、村の人に度たび憑いたあげく、
「俺を神として祭れば、もう人に憑かない」
 などと云いだして、それで祭るようになるのであった。
 何時の比《ころ》であったか、私の村に甚内と云う力士があったが、その甚内は狸に憑かれる人があると、その人の背から肩を揉んで、狸を追いだした。これには狸も困ったであろう。ある夜、甚内が林の下を通っていると、一疋の狸が出て来て、
「甚内さん、甚内さん」
 と呼んだ。甚内は巫山戯《ふざけ》たことをする奴じゃ、一つ捕って汁にでも焚いてやろうと思って立ち停った。
「甚内さんにゃかなわんから、一つもうけさして仲なおりをしたいが、やってみませんか」
「何をやる」
「私の仲間が城下の浅井(富豪)のお嬢さんに憑いておるから、二人で紀州の花岡(名医)に化けて往って、仲間に退かしたら、うんと礼をくれるから、それをお前さんにあげます」
「何時往く」
「これから往こう、私に跟いてくるなら、すぐ往ける」
 村から城下の町へは、陸路で往っても三里しかなかった。
「どうして往く」
 と、甚内が聞くと、
「ちょっと待っておくれ、準備《したく》をする」
 狸は傍の木の葉を五六枚とって、それを口で舐めて体に貼ったが、見る見るそれが衣服《きもの》になった。そして、木の根に這いまつわっている葛を引きちぎって胴に巻くと、それが帯になった。甚内は、狸が人に化けるには、木の葉を舐めて貼ると聞いているが、なるほどそうだなと感心して見ていると、狸はもう立派な医師《いしゃ》になって、薬籠さえかまえていた。
「この薬籠をお前さんが持って往くが好い、お前さんは私の弟子のつもりでおるが好い」
 と、薬籠をさしだすので、甚内はそれを受けとって肩にした。
「では往こう」
 と云って、狸の医師はずんずんと歩いて往く。甚内もその後から跟いて往った。そして、暗い中を暫く往ったかと思うと、もう城下町の家並が灯の中に浮き出て来た。
「や、もう城下へ来たな」
 甚内はその早いのに驚いていると、眼の前に大きな門が見えて、狸の医師はその中へ入って往った。甚内も続いて入って往くと、すぐ大きな玄関になった。玄関にはもう五六人の者が灯を持って出迎
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