ぐ》んでやった。
八、九年してから成が忽然《こつぜん》として周の所へ来た。それは黄な巾《ずきん》を冠《かぶ》り鶴の羽で織った※[#「敞/毛」、第3水準1−86−46]《しょう》を着た、巌壁の聳《そび》えたったような道士姿であった。周は大いに喜んで臂《うで》を把《と》っていった。
「君はどこへいってた。僕はどんなに探したかわからないよ。」
成は笑っていった。
「僕は狐雲野鶴《こうんやかく》だ、どこときまった所はないが、君と別れた後も幸に頑健《がんけん》だったよ。」
周は酒を出して二人で飲みながら別れた後のできごとなどを話し、成に道士の服装を易《か》えさせようとしたが、成は笑うだけでこたえなかった。周はそこでいった。
「馬鹿だなあ。君はなぜ細君《さいくん》や子供を敝《やぶ》れ※[#「尸+徙」、第4水準2−8−18]《くつ》のように棄《す》てたのだ。」
成は笑っていった。
「そうじゃないよ。向うから人を棄てようとしているのだ。こっちから人を棄てやしないよ。」
周は問うた。
「ではどこに棲《す》んでる。」
成は答えた。
「労山《ろうざん》の上清宮だよ。」
そのうちに夜になったので二人は寝台を並べて寝たが、夢に周は成が裸になって自分の胸の上に乗っかったので息ができないようになった。周はふしぎに思って、
「何をするのだ。」
といったが成はわざと返事をしなかった。と、周の眼が寤《さ》めた。そこで周は、
「おい、成君。」
と呼んだが返事がない。周は坐って手さぐりに索《さぐ》ってみたが、どこへいったのか沓《よう》としてわからなかった。暫くしてから周は始めて自分が成の寝台で寝ていることに気がついた。周は駭《おどろ》いていった。
「そんなに酔ってもいなかったのに、なぜこんなに顛倒《てんとう》したのだろう。」
そこで家の者を呼んだ。家の者が来て火を点《つ》けた。周の容貌は変じて成となっていた。周はもと髭《ひげ》が多かった。周は手をやって頷《あご》をなでてみた。そこには幾莖《すうほん》の髭が踈《まば》らに生えているのみであった。周は鏡を取って自分で顔を照してみた。そこには成の顔があって自分の顔はなかった。
「おや、成の顔がある。俺はぜんたいどこへいったのだろう。」
周はあきれて鏡を見ていたが、まもなくこれは成が幻術を以て自分を隠遁《いんとん》させようとしているためだろう
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