えることができないので、黄吏部の家へいこうとした。成はこれをおしとめていった。
「強いものがちの世の中に、黒も白もないじゃないか。それにさ、今日の官吏は、たいがい強盗で、槍や弓をひねくりまわさない者はないじゃないか。あいてにならないがいいよ。」
 周はそれでも聴かずにいこうとした。成はかたく諌《いさ》めてはては涙さえ見せたので、周もよすことはよしたが怒りはどうしても釈《と》けなかった。それがためにその夜は睡《ねむ》らずに寝がえりばかりして朝になった。そこで周は家の者を呼んでいった。
「黄は、俺をばかにしたから仇《かたき》だが、それは姑《しばら》くおいて、村役人は朝廷の官吏で、権勢家の官吏じゃない。もし争う者があるなら双方を調べるべきだ。それを嗾《けしか》けられた狗《いぬ》のように、一方ばかり責めるとは何事だ。俺は牛飼を訴えて、村役人がどういうふうに処分するかを見てやるのだ。」
 家の者も主人のいうことが道にかなっているので、止めないばかりか是非いくがよかろうといってすすめた。そこで周の考えはきまった。周は訴状を持って村役人の所へいった。村役人は訴状をひき裂いて投げつけた。周はますます怒って村役人を罵倒《ばとう》した。村役人は慚《は》じると共に恚《いか》って周を捕縛して監獄へ繋《つな》いだ。
 周が家を出てから暫《しばら》くして成は周の家へいった。成はそこで周が訴状を持って城内へいったことを知ったので、驚いて止めようと思って城内へかけつけたが、いってみると周はもうすでに獄裏の人となっていた。成は足ずりして悔《くや》んだがどうすることもできなかった。
 その時に三人の海賊がつかまっていた。村役人はそれに金をやって周の仲間であるとつくりごとをいわせ、その申立《もうした》てを盾《たて》にして周の着物をはぎとって惨酷に拷問した。成はその時面会に来た。二人は顔を見あわして悲しみ歎いた。二人はそこで相談したが周の無実の罪を明らかにするには天子に直訴《じきそ》するより他に道がなかった。周はいった。
「僕は重い罪をきせられて、こんなに監獄に繋がれ、ちょうど鳥が篭《かご》に入れられたようだし、弟はあっても年が若くて、ただ差入れをする位のことだけしかできないし。」
 成はそれを聞くときっとなっていった。
「それは僕の責任だ。僕がやる。むつかしい事件で、それで急を要しない事件なら、友人の必
前へ 次へ
全9ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング