ないんです、遠慮はいらないからおあがりなさい、)
 と云つて首をあげて待つてゐると女が静に入つて来た。
(昨夜、友達の家で碁がはじまつて、朝まで打ち続けてやつと帰つたところです、文学者なんて云ふ奴は、皆馬鹿者の揃ひですからね……其所に蒲団がある、取つて敷いてください、)
 女はくつろぎのある綺麗な顔をしてゐた。
(有難うございます、……先生にお枕を取りませうか、)
 彼は昨夜の女に対した感情を彼の女にも感じた。
(さうですね、取つて貰はうか。後の押入れにあるから取つてください、)
 女は起つて行つて後の押入れを開け白い切れをかけた天鵞絨の枕を持つて来て彼の枕元に蹲んだ彼は其殺那焔のやうに輝いてゐる女の眼を見た。彼はその日の昼頃、帰つて行く女を坂の下の電車の停留場まで見送つて行つた。そして翌翌日の午後来ると云つた女の言葉を信用してその日は学校に行つたが、平常の習慣となつてゐる学校の食堂で昼飯を喫ふことをよして急いで帰つて来た。
 しかし女は夜になつても来なかつた。何か都合があつて来られないやうになつたのだつたら手紙でもよこすだらうと思つて、手紙の来るのを待つてゐたが朝の郵便物が来ても手紙
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