る明日は午後は父も来ないからちよつと逢ひに来てくれまいかと云ふ意味を鉛筆で走り書きしたものであつた。
彼は鉄鎚で頭を一つガンとなぐられたやうな気持でその手紙を握つてゐた。彼は一時のいたづら心から処女の一生を犠牲にしたと云ふ慚愧と悔恨とに閉されてゐたが心の弱い彼はたうとう女の所へ行けなかつた。
女からはすぐまたどうしても一度お眼にかゝりたいから[#「かゝりたいから」は底本では「かゝかりたいから」]、都合をつけて来てくれと云ふ嘆願の手紙が来たがそれでも彼は行けなかつた。行けずに彼は悶え苦しんでゐた。女から明日の晩の汽車でいよ/\出発することになつたから父親がゐても好いから屹と来てくれと云つて来た。そして汽車の時間まで書いて病院まで来てくれることが出来ないならせめて停車場へなり来てくれと書き添へてあつた。
心の弱い彼はその望みも達してやることが出来なかつた。そして二三日して汽車の中で書いたらしい葉書が来た。それには、(先生さやうなら、永久にお暇乞ひを致します、)と書いてあつた。
それから二日ばかりしての新聞に前橋行きの汽車の進行中乗客の女が轢死したと云ふ記事があつた。…………
「先生
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