と浮んできた。
「私は好い薬をもっております、手創が治るばかしでなしに、それを飲むと、不老不死が得られます」
「そうか、それは天が神医を与えてくだされたのじゃ、大王申陽侯が昨日遊びに往かれて、流矢に当って苦しんでおられる、お前の薬を頼みたい、こっちへきてくれ」
その番兵は李生を連れて石室の中へ入って往った。石室の中にも昨夜古廟で見た姿の者が、そこにもここにも眼を光らして腰を掛けていた。
「ここで、控えておってくれ、大王に伺うてくる」
番兵は奥の方へ入って往った。李生はそこにあった牀《こしかけ》に腰をかけて待っていた。
間もなく番兵が引返してきた。
「大王が非常に悦《よろこ》んでおられる、早く往って療治をしてあげてくれ」
李生は番兵に随いて往った。そこに二重門があって、それを入ると錦繍の帷《とばり》をした室《へや》があって、その真中に石の榻《ねだい》を据え、その上に大きな老猿が仰向けに寝てうんうんと唸っていた。榻の傍には三人の綺麗な女が腰をかけていた。
「あれにいらるるが大王であらせられる、早くお前の持っておる霊薬を差しあげてくれ、お前のことをお聞きになって、大王も非常にお喜びになっておられる」
番兵はこう言って李生の顔を見た。そこで李生は大王の方へ向って拝《おじぎ》をしてから進んで往った。
「お創を拝見いたします」
大王は返事の代りに唸り声をたてた。傍にいた女の一人が傍へ寄って創を捲いている布をそろそろと解いた。毛もくじゃらの臂に血の生々した創があった。李生は近々と寄って往ってその創のまわりに指を触れた。
「私の持っておる薬は、仙薬でございますから、病をなおすばかりでなく、年も取らなければ死にもいたしません、こんな創ぐらいは、一度に癒ってしまいます」
大王はまた唸り声を立てた。李生は腰の皮袋をはずしてその中から石綿に浸した薬液を取りだし、その小部分を撮《つま》みとって大王の一方の手へ乗せた。
「これをさしあげます」
大王はいきなりそれを口へ持って往った。李生はほっ[#「ほっ」に傍点]としたが、それでも部下の者がどんなことをするかも判らないので気を許さなかった。
いつの間に集まってきたのか、三十個ばかりの部下の者が、目白押しに入口の処へ集まって、李生のくるのを待ち兼ねているようにしていた。李生は気味悪く思いながら寄って往った。
「私にも霊薬をいただか
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