も年をとったし。」
小翠ははげしい言葉でそれを断った。夫人はそこで田舎の荒れた寂しい亭園に二人でいるのは不便だろうと思って、多くの奴婢をつけておこうとした。女はいった。
「私はそんなたくさんな人の顔を見るのはいやです。ただ前の二人の婢と、外に年とった下男を一人、門番によこしてくださいまし。その外には一人も必要がありません。」
夫人は小翠のいうなりになって、元豊に頼んでその亭園の中で静養さすことにし、毎日食物を送ってよこした。
小翠はいつも元豊に、別に結婚せよと勧めたが、元豊は承知しなかった。
一年あまりして小翠の容貌や音声がだんだん変って来た。元豊はいつか画《か》かした小翠の像を出して見くらべた。が、別の人のようであるからひどく怪しんだ。女はいった。
「私は今と昔とどうなっているのです。」
元豊はいった。
「今も美しいことは美しいが、昔に較べると及ばないようだな。」
小翠はいった。
「それは私が年とったからでしょう。」
元豊はいった。
「二十歳あまりで、どうして急に年をとるものかね。」
小翠は笑ってその画を焚《や》いた。元豊はそれを焚かすまいとしたが、もうあらあらと燃えてしまった。
ある日小翠は元豊に話していった。
「昔、お宅にいる時に、お母様が私を死ぬるような目に逢わせましたから、私にはもう子供が生れません。今、御両親がお年を召していらっしゃるのに、あなたが一人ぼっちでは、私に子供はできないし、あなたの血統がたえるようなことがあっては大変です。お宅へ奥さんをお連れになって、御両親のお世話をさし、あなたは両方の間を往来なさるなら、不便なこともないじゃありませんか。」
元豊はそれをもっともだと思った。そこで幣《ゆいのう》を鍾太史《しょうたいし》の家へ納れて婚約を結んだ。その結婚の式が近くなったところで、小翠は新婦のために衣装から履物までこしらえて送ったが、その日になって新婦が元豊の家の門を入ると、その容貌から言語挙動まで、そっくり小翠のようになって、すこしもかわらなかった。元豊はひどく不思議に思って亭園へいって見た。小翠はもうどこへかいっていった所が解らなくなっていた。婢に訊くと婢は紅《あか》い巾《てふき》を出していった。
「奥さんは、ちょっとお里へお帰りになるとおっしゃって、これをあなたにおあげしてくれと申しました。」
元豊が巾をあけてみると玉※[#「王+夬」、第3水準1−87−87]《ぎょくけつ》を一枚結びつけてあった。元豊はもう心に小翠が二度と返って来ないということを知った。そこでとうとう婢を伴れて家に帰った。元豊はすこしの間も小翠を忘れることはできなかったが、幸いに小翠そっくりの新婦の顔を見ると小翠を見るようで心が慰められた。そこで元豊は始めて鍾氏との結婚を小翠が予《あらかじ》め知っていて、先ずその容貌を変えて、他日の思いを慰めてくれるようにしてくれてあったということを悟った。
底本:「聊斎志異」明徳出版社
1997(平成9)年4月30日初版発行
底本の親本:「支那文学大観 第十二巻(聊斎志異)」支那文学大観刊行会
1926(大正15)年3月発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2007年8月12日作成
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