、次の刀で左側の僧の胴をすくい切りに切った。
「これでどうじゃ」
妖僧は四人になって手を拡げた。
「まだそんなことをするか」
半兵衛はもう見さかいなしに山刀で切って廻った。妖僧は十四五人になった。
「くそっ」
半兵衛は滅多切りに切って廻った。そして、切りながら見ると妖僧の体は切るに従って多くなって来た。半兵衛は此処にこうしていてはかなわないと思ったので、刀を揮《ふ》り揮り一方を切り開いて走った。小石が雨のように半兵衛に向って飛んで来だした。半兵衛は揮り返った。百人ばかりの妖僧が手に手に小石を持って投げていた。石は隙間もなく半兵衛の体に当った。半兵衛は夢中になって妖僧の群へ切りかかった。
「くそっ、くそっ、くそっ」
半兵衛は血声を揮り絞って切って廻った。そして、へとへとになってしまったところで、木の根か岩角かに躓いて刀をなくしてしまった。それでも、まごまごしていては妖僧のために命を失う恐れがあるので、彼は踞んで手に触るものをなんでもかんでも掴んで投げた。
妖僧の群は辟易しだした。妖僧は一人二人と逃げはじめた。半兵衛はそれに力を得て一層一心になって投げた。妖僧の数は益ます減ってもう此処に一人其処に一人と云うようになっていたが、それもとうとういなくなった。
半兵衛はがっかりした。それと同時に夢が覚めたようになった。それでも彼はまだ其処に妖僧がいるような気がしたので、両手に掴んだ最後の小石をばらばらと投げた。その小石は皆|己《じぶん》の胸や頭に当った。彼は驚いて己の体を見廻した。己の体の周囲《まわり》には己の手で己に投げつけた小石が一杯になって、己の顔や頭からは一面に血が流れていた。彼は大きな吐息をしてあたりを見廻した。其処は白々とした河原で直ぐ左側を水が流れていた。それは吉野川の河原であった。
底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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