に道人がそんなことを云ったなら、明日二人で往ってみようじゃありませんか、怪しいか怪しくないか、すぐ判るじゃありませんか」
 翌日許宣と白娘子の二人は、伴れ立って臥仏寺の前へ往った。その日も参詣人で寺の内外が賑わっていた。彼《か》の道人の店頭にも一簇《いっそう》の人が立っていた。白娘子はその道人だと云うことを教えられると、そのまま走って往った。
「この妖道士、人をたぶらかすと承知しないよ」
 符水を参詣人の一人にやろうとしていた道人はびっくりした顔をあげた。そして、白娘子の顔をじっと見た。
「この妖怪《ばけもの》、わしは五雷天心正法《ごらいてんしんしょうほう》を知っておるぞ、わしのこの符水を飲んでみるか、正体がすぐ現われるが」
 白娘子は嘲《あざけ》るように笑った。
「ちょうど宜い、ここに皆さんが見ていらっしゃる、私が怪しい者で、お前さんの符水がほんとうに利いて、私の正体が現れると云うなら飲みましょうよ、さあください、飲みますよ」
「よし飲め、飲んでみよ」
 道人は盃《さかずき》に入れた水を白娘子の前へ出した。白娘子はこれを一息に飲んで盃を返して笑った。
「さあ、そろそろ正体が現れるのでしょうよ」
 許宣をはじめ傍にいた者は、またたきもせずに白娘子のきれいな顔を見ていたが、依然としてすこしも変らなかった。
「さあ、妖道士、どこに怪しい証拠がある、どこが私が怪しいのだ」
 道人は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って呆《あき》れていた。
「つまらんことを云って、夫婦の間をさこうとするのは、怪《け》しからんじゃありませんか、私がこれから懲らしてあげる」
 白娘子はそう云って口の裏で何か云って唱えた。と、彼《か》の道人は者があって彼を縄で縛るように見えたが、やがて足が地を離れて空《くう》にあがった。
「これで宜い、これで宜い」
 そう云って白娘子が口から気を吐くと道人の体は地の上に落ちた。道人は起きあがるなりいずこともなく逃げて往った。

 四月八日の仏生日《たんじょうび》が来た。許宣は興《きょう》が湧《わ》いたので承天寺《しょうてんじ》へ往って仏生会《たんじょうえ》を見ようと白娘子に話した。白娘子は新らしい上衣《うわぎ》と下衣《したぎ》を出してそれを着せ、金扇《きんせん》を持って来た。その金扇には珊瑚《さんご》の墜児《たま》が付いていた。
「早く往って、早く帰っていらっしゃい」
 そこで許宣は承天寺へ往った。寺の境内には演劇などもかかって賑わっていた。許宣は参詣人の人波の中にもまれてあちらこちらしていたが、そのうちに周将仕《しゅうしょうし》家の典庫《しちぐら》の中へ賊が入って、金銀珠玉衣服の類が盗まれたと云う噂がきれぎれに聞えて来たが、己《じぶん》に関係のないことであるからべつに気にも止めなかった。
「もし、もし、ちょっとその扇子を見せてください」
 許宣と擦《す》れ違おうとした男がふと立ちどまると共に、許宣の扇子を持った手を掴《つか》んだ。許宣はびっくりしてその男の顔を見た。男は扇子と扇子につけた珊瑚の墜児をじっと見てから叫んだ。
「盗人、盗人をつかまえたから、皆来てくれ」
 許宣はびっくりして弁解《いいわけ》しようとしたがその隙《ひま》がなかった。彼の体にはもう縄がひしひしと喰いついて来た。彼はその場から府庁に曳かれて往った。
「その方の衣服と扇子は、それで判っておるが、その余《あまり》の贓物《ぞうぶつ》は、どこへ隠してある、早く云え、云わなければ、拷問《ごうもん》にかけるぞ」
 許宣は周将仕家の典庫の盗賊にせられていた。
「私の着ている衣服も、持っている扇子も、皆家内がくれたもので、決して盗んだものではありません」
 府尹《ふいん》は怒って叱《しか》った。
「詐《いつわ》りを云うな、そのほうがいくら詐っても、その衣服と扇子が確な証拠だ、それでも家内がくれたと云うなら、家内を伴れてくる、どこにおる」
「家内は吉利橋の王主人の家におります」
「よし、そうか」
 府尹は捕卒に許宣を引き立てさせて王主人の家へ往かした。家にいた王主人は、許宣が捕卒に引き立てられて入って来たのを見てびっくりした。
「どうしたと云うのです」
「あの女にひどい目に逢わされたのです、今、家におりましょうか」
 許宣は声を顫《ふる》わして怒った。
「奥様は、あなたの帰りがおそいと云って、婢《じょちゅう》さんと二人で、承天寺の方へ探しに往ったのですよ」
 捕卒は白娘子の代りに王主人を縛って許宣といっしょに府庁へ伴れて往った。堂の上には府尹が捕卒の帰るのを待っていた。府尹は白娘子を捕えて来た後で裁判をくだすことにした。府尹の傍には周将仕が来てその将来《なりゆき》を見ていた。
 そこへ周将仕の家の者がやって来た。それは盗まれたと思っていた金銀珠玉衣
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