なっていた。女《むすめ》は直ぐ己が醜いから男が逃げたものだと思った。彼女は狂人のようになって戸外《そと》へ出て、其処此処と探し、その夜の明け方、小浜村の水際へ往った。其処には己の家の草履が揃えて脱いであった。女は男が己を厭うて死んだものだと思った。彼女は突然《いきなり》水の中へ飛び込んでしまった。

 哀れな女の死骸は銚子の川口へ流れ着いた。村の人は憐んでその死骸を収め、女の歯と頭髪《かみ》にさしていた花櫛をその脇に埋めて神として祭った。銚子町の東端、円福寺の背後になった丘上にある川口明神と云うのがそれだ。俗にはそれを白紙明神と云っている。もとは歯櫛明神であったが、何時の比《ころ》からか誤ったものと見える。土地の人は女の因縁から、頭髪《かみ》の縮れている者は櫛をあげ、顔面に腫物の出た者は、紅白粉を収めて祈願をすることになっているが、それが験《しるし》があると云われている。伝説では女の名を延命姫、売卜者の名を安部晴明としてある。その晴明を祭った社が西安寺にあって、それに祈ると大漁があるとのことである。



底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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