さんに、ぢきぢきお逢ひになつておきますと、手違ひがなくて宜しうございますね、」
「さうだ、明日の朝、行つてこやう、それから、あれ、魚吉の亭主はどうした、」
義直は路路心配してゐた程叔父が自分の帰りを待つてゐないらしいので安心した。
「夕方になつて一度、夜になつてもまたまゐりましたが、お帰りがないもんですから、朝また来ると行つて帰りました。人数も若旦那がおつしやつたやうに申して置きましたから、朝でも結構でございますよ、」
「さうかね、十八と云つたかね、」
「さうでございますよ、」
「折りのことも云つたかね、」
「申しました、」
「幾等ぐらゐと云つたかね、」
「一切で六円ぐらゐとおつしやつたでせう、これくらゐにおつしやつてらしたと申しておきましたよ、」
「さうか、それで好い、」
義直は金のこともあるから、すぐ叔父の所へ行つてこやうと思ひだした。
「叔父さんのところへ行つてこやうか、」
「お疲れでございませうが、ちよつと行つてゐらつしやるが宜しうございませう、」
「さうだね、やつぱり行つてこやう、喧しいからな、」
「それが宜しうございますよ、では、お浴衣を出しませうか、」
「好い、このままで行つて来る、」
「さうでございますか、では、ちよつと行つてゐらつしやいまし、」
「行つてこやう、」
義直は手にしてゐた麦藁帽子を女中の手に渡し、それから羽織を脱いでそれも渡した。
「まだ起きてるだらうな、」
「旦那様なら、まだお起きになつてをりますよ、」
三
義直は叔父の家の玄関のスリガラス戸の口へ立つて、右側の柱にあるベルのボタンをそつと押した。それはベルの大きな音のするのが恐ろしいやうに思はれたからであつた。彼はさうしてベルの音の微に響くのを呼吸をつめて聞いてゐた。
玄関口に足音がして、それが間をおいて下駄の音をさした。ガラス戸には五寸四方くらゐの穴を開けてあつた。義直は女中が客の顔を確める必要のないやうにと、其所へ顔を持つて行つた。
「私です、遅くなつてすみませんね、」
ちらと見えた背のすツきりした姿は太つた女中とは違つてゐた、義直は叔母ではないかと思つた。
「義直さんかね、遅いぢやないか、」
それは叔母の声であつた。
「すみません、」
同時にガラス戸ががらりと開いた。
「遅くなつてすみません、叔父さんは、もうお休みですか、」
「起きてます
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