ば武士の面目の立つように、おとりはからいいたそう」
「それでは家へ帰って、何分の御沙汰を待ちましょうか」
吉平はこう云って横山の玄関を出て往った。横山はその後姿を見送った。
横山のとりあつかいによって吉平は成敗を受けずに切腹と云うことになった。横山がその検使であった。
横山は一人の下役を従えて吉平の家へ往った。吉平は表座敷の塵を払うて自殺の用意をして待っていた。
「いろいろ御厄介をかけてあいすみません、では後のところをよろしくお願い申します」
吉平は白装束になって、前の三宝に載せた短刀を執りあげた。
「刃合を見よう」
こう云って右の太股へその短刀を突き刺した。血がその傷口に湧いた。
「よく切れます」
彼はその短刀を抜いて、横山の顔を見て微笑した。そして、腹に突立てて見事に十文字に切って倒れた。横山には介錯の必要がなかった。
義人はこうして短い一生を終った。
その翌日のことであった。正午近くなって横山源兵衛の玄関|前《さき》へ吉平の姿が現れた。
「私は昨日、御苦労を相かけた浜田吉平でございますが、申しのこしたことがございましたから、参上いたしました、お取次を頼みます」
取次の者はがたがた慄えながら源兵衛の傍へ往ってそれを取次いだ。
「夢でも見たのではないか、そんなことがあるものか」
「それでも、あ、あすこに立っております」
横山は不審に思いながら玄関の方へ出て見た。なる程浜田吉平が立っている。
「吉平殿か、何か云いたいことがあるなら、あがるがよかろう」
横山がこう云って体を寄せると、吉平はそのまま玄関へあがって静に横山と向き合って坐った。
「私が今日参上いたしましたは、他のことでもございません、紀州の師匠から、弓の免許状を送って来ることになっております、もしまいりましたなら、何とぞ封のままで火の中に入れてくださるように、これを申しのこしたから、重ねておねがいにあがりました」
「委細承知いたした、しかし、もう飯時でござるから、水漬なりと進ぜよう、ゆるゆる話して往かるるがいい」
横山は平然としていた。吉平の顔にも人懐しい影が見えた。
「それでは折角のお詞でございますから、饗応《ごちそう》にあずかりましょう」
横山は静に手を打って人を呼んだ。横目の五右衛門と云うのが顔をだした。
「吉平殿に水漬を進ぜるから、檜物産から新らしい榧《へぎ》をとりよせて
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