花の咲く比
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)四辺《あたり》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)江戸川|縁《べり》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な
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 暖かな春の夜で、濃い月の光が霞のかかったように四辺《あたり》の風物を照らしていた。江戸川|縁《べり》に住む小身者の壮《わか》い侍は、本郷の親類の許《もと》まで往って、其処で酒を振舞われたので、好い気もちになって帰って来た。
 夜はかなりに更けていたが、彼は独身《ひとり》者で、家には彼を待っている者もないので、急いで帰る必要もなかった。彼はゆっくりと歩きながら、たまに仲間に提灯《ちょうちん》を持たした女などが擦れ違うと揮《ふ》り返って見た。伝通院の前では町家の女《むすめ》が母親らしい女に伴《つ》られて来るのに逢った。彼は足を止めてその白い横顔を見送っていた。
 桜の花が何処からともなく散る処があった。その花片は頬
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