て女を追い越したが、女と親しみがなくなるような気がするので、足を遅くして女の行き過ぎるのを待って歩いた。と、女は振り返って笑顔を見せた。彼は女と自分との隔てがなくなったように思った。
「燈籠を見にいらしたのですか」
「はい、これを連れて見物に参りましたが、他に知った方はないし、ちっとも面白くないから帰るところでございます」
女は無邪気なおっとりした声で言った。
「私は宵からこうしてぶらぶらしているのですが、なんだか燈籠を見る気がしないのです、どうです、私の家は他に家内がいませんから、遠慮する者がありません、すこし休んでいらしては」
「そう、では、失礼ですが、ちょっと休まして戴きましょうか、くたびれて困ってるところでございますから」
と言って、燈籠を持った少女の方を見返って、
「金蓮《きんれん》、こちらでちょっと休まして戴きますから、お前もおいで」
少女は引返してきた。
「すぐ、その家ですよ」
喬生は自分の家の方へ指をさした。少女は燈籠を持って前《さき》へ立って行った。二人はその後から並んで歩いた。
「ここですよ」
三人は喬生の家の門口へきていた。喬生は扉《と》を開けて二人の女を内へ入れた。
「あなたのお住居は、何方ですか」
喬生は女の素性が知りたかった。女は美しい顔に微かに疲労の色を見せていた。
「私は湖西に住んでいる者でございます、もとは奉化《ほうか》の者で、父は州判でございましたが、その父も、母も亡くなって、家が零落しましたが、他に世話になる、兄弟も親類もないものですから、これと二人で、毎日淋しい日を送っています、私の姓は符《ふ》で、名は淑芳《しゅくほう》、字《あざな》は麗卿《れいきょう》でございます」
喬生はたよりない女の身が気のどくに思われてきた。
「それはお淋しいでしょう、私も、この頃、家内を亡くして、一人ぼっちになっているのですが、同情しますよ」
「奥様を、お亡《なくな》しなさいました、それは御不自由でございましょう」
「家内を持たない時には、そうでもなかったのですが、一度持っていて亡くすると、何だか不自由でしてね」
「そうでございましょうとも」
女はこう言って黒い眼を潤ませて見せた。喬生はその女と二人でしんみりと話がしたくなった。
「彼方へ行こうじゃありませんか」
女はとうとう一泊して天明《よあけ》になって帰って行った。喬生はもう亡
前へ
次へ
全10ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング