菊になってしまった。その高さは人位で十あまりの花が咲いたが、皆拳よりも大きかった。馬はびっくりして黄英に知らした。黄英は急いで往って、菊を抜いて地べたに置いて、
「なぜこんなにまで酔うのです」
と言って、衣をきせ、馬を伴れて帰って往ったが、
「見てはいけないですよ」
と言った。朝になって往ってみると陶は畦のへりに寝ていた。馬はそこで二人が菊の精だということを悟ったのでますます二人を敬い愛した。
そして陶は自分の姿を露わしてからは、ますます酒をほしいままに飲むようになって、いつも自分から手紙を出して曾を招《よ》んだ。で、二人は親しい友達となった。
二月十五日の花朝《かちょう》の日のことであった。曾が二人の僕に一甕《ひとかめ》の薬浸酒《やくしんしゅ》を舁《かつ》がしてきたので、二人はそれを飲みつくすことにして飲んだが、甕の酒はもうなくなりかけたのに、二人はなおまだ酔わなかった。馬はそこでそっと一瓶の酒を入れてやった。二人はまたそれを飲んでしまったが、曾は酔ってつかれたので、僕が負って帰って往った。
陶は地べたに寝てまた菊となったが、馬は見て慣れているので驚かなかった。型の如く菊を抜いてその傍に番をしながら、もとの人になるのを待っていたが時間がたってから葉がますます萎《しお》れてきた。馬はひどく懼《おそ》れて、はじめて黄英に知らした。黄英は知らせを聞いて驚いて言った。
「しまった」
奔《はし》って往ってみたが、もう根も株も枯れていた。黄英は歎き悲しんで、その梗《くき》をとって盆の中に入れ、それを持って居間に入って、毎日水をかけた。馬は悔い恨んでひどく曾を悪《にく》んだが、二三日して曾がすでに酔死したということを聞いた。
盆の中の花はだんだん芽が出て、九月になってもう花が咲いた。短い幹に花がたくさんあって、それを嗅ぐと酒の匂いがするので、酔陶と名をつけて、酒をかけてやるとますます茂った。
後に女《むすめ》は成長して家柄のいい家へ嫁入した。
黄英はしまいに年をとったが、べつにかわったこともなかった。
底本:「中国の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月8日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年11月30日発行
入力:Hiroshi_O
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年8月3日作成
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