お前さんのお祖父《じい》さんに可愛がられてたが、お祖父さんが没《な》くなったので、私もとうとう身を隠してしまった。それがここを通って釵をおとして、お前さんの手に入ったというのも、天命じゃないかね。」
王成も祖父に狐妻のあったということを聞いていたので、老婆の言葉を信用した。
「そうですよ、天命ですよ、では、これから私の家へいってくれませんか。」
というと老婆はそのまま随《つ》いて来た。王成はそこで細君を呼んであわした。細君の頭髪は蓬のように乱れて、顔色は青いうえに薄黒みを帯びていた。老婆はそれを見て、
「あァあァ、王柬之の子孫がこんなにまで貧乏になったのか。」
と歎息してふりかえった。そこに敗れた竈《かまど》はあったが、火を焚《た》いた痕《あと》も見えなかった。老婆はいった。
「こんなことで、どうして生きてゆかれる。」
そこで細君は細かに貧乏の状態を話して泣きじゃくりした。老婆は彼《か》の釵《かんざし》を細君にやって、
「それを質に入れてお米を買うがいい。」
といいつけて、帰りしたくをして、
「三日したらまた来るよ。」
といった。王成はそれをおし留《とど》めた。
「どうか家にいてくださいよ。」
老婆は、
「お前さんは、一人のお神さんとさえくらしていくことができないじゃないかね。私が一緒になって、じっとしていちゃなお困るじゃないかね。」
といってとうとういってしまった。王成はその後で、細君に老婆が人間でなくて狐仙であるということを話した。細君は顔色を変えて怖《おそ》れた。王成は老婆に義侠心《ぎきょうしん》のあることを説明して、姑《しゅうとめ》として事《つか》えなければならないといったので、細君も承知した。
三日目になって果して老婆が来た。老婆は数枚の金を出して、粟と麦を一|石《せき》ずつ買わせ、夜は細君と一緒の寝台に寝た。細君[#「細君」は底本では「組君」]は初めは懼《おそ》れたが、老婆が自分を可愛がってくれる心が解ったので、それからは疑い懼れぬようになった。
翌日になって老婆は王成に話していった。
「お前さんは惰《なま》けてばかりいちゃいけない。小生業《こあきない》でもしたらどうだね、坐ってたべていちゃだめだよ。」
王成は、
「商売をしようと思っても、もとでがありませんから。」
といった。すると老婆は、
「お前さんのお祖父さんのおった時は、お
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