た。そして、数日たってはじめてやっと起きることができたので、媒の婆さんの所へ往って傷痕を見せた。婆さんはびっくりして走って往って女に知らした。すると女がまたからかった。
「では、お婆さん、こう言ってちょうだいよ、あなたの馬鹿をとってくれってね」
 婆さんは帰ってきてまたそれを孫に話した。孫は、
「婆さん僕は馬鹿じゃないよ、僕を馬鹿というのは間違っているよ」
 とやかましく弁解したが、自分の腹の中を女に見せることができないということに気が注《つ》いて、
「阿宝が綺麗だといったところで、天女にはおよばないだろう、高くとまるにもほどがあるじゃないか」
 と言ったが、それから阿宝と結婚しようとするの思いはなくなってしまった。
 清明の節になった。土地の風習としてその日は女が郊外に出て遊ぶので、軽薄の少年が隊を組んで随《つ》いて往って、口から出まかせに女の美醜を品評するのであった。孫の同窓の友人も強《し》いて孫を伴れて郊外に往った。すると友人の一人が嘲って言った。
「一度、あの人を見ようと思ってるのじゃないかね」
 孫も阿宝のことで自分をからかっているということを知っていたが、女からばかにせられているので、どんな女であるか一度見たいと思って喜んで随いて往った。
 ふと見ると遠くの方の樹の下に女が休んでいて、それを少年達が取り巻いて人牆《ひとがき》をつくっているのが見えた。すると皆が言った。
「あれはきっと阿宝だよ」
 急いで往って見ると果して阿宝であった。孫はそれをじっと見た。それは娟麗《けんれい》ならぶものなき女であった。みるみる人が多くなってきた。女は起って急いで往ってしまった。群衆の感情が沸き立って女の頭のことを言い、足のことを言い、それは紛々《ふんぷん》として狂人のようであったが、孫は独り考えこんでいた。
 孫の友人達はむこうの方へ往ってふりかえった。孫はまだ故《もと》の所に白痴《ばか》のようになって立っていた。友人達は声を揃えて呼んでみたが、孫は返事もしなければ見向きもしなかった。友人達は皆で往って引っぱった。
「おい魂が阿宝に随いて往ったのじゃないかい」
 孫は考えこんだまま返事もしなかった。皆は孫の平生のぼんやりを知っているので怪しまなかった。そこで皆で手を引いたり後ろから推したりして帰ってきた。そして家へ帰った孫は、すぐ榻《ねだい》の上にあがって寝たが、終日起
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