後からゆくことにした。そして婢が帰っていって暫くしても、阿英は坐って冗談をいって動かなかった。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は嫂を長く待たしてはいけないと思って、阿英を促《うなが》したが阿英は笑うばかりで、どうしてもいかなかった。朝になって阿英が身じまいをすましたところで嫂が自身で阿英をなぐさめに来た。嫂はいった。
「昨夜一緒にいるとき、ふさいでいたから、どうかと思って見に来たのですよ。」
 阿英は微かに笑った。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は嫂の言葉を聞いて驚いた。阿英は朝まで※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]と一緒にいたのであった。嫂の所にいたというのは奇怪千万《きかいせんまん》である。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は嫂に阿英がいっていたかいないかをたしかめたうえで阿英と対質《たいしつ》した。阿英の言薬はつじつまが合わなかった。阿英は確かに分身していた。嫂は非常に駭《おどろ》いた。玉もそれを聞いて懼《おそ》れた。玉は簾《すだれ》を隔てていった。
「私の家は、代代徳を積んでいて、一度だって怨《うら》みをかったことがない。もし怪しい者なら、どうか早く出ていって弟を殺さないようにしてくれ。」
 女は恥かしそうにしていった。
「私は人じゃありませんが、ここのお父さんとの約束がありましたから、秦の家の姉さんが私を勧めてよこしました。私は子供を育てることができないから、とうに出ていこうと思いましたが、兄さんと姉さんが、可愛がってくださいますから、それでこうしていたのですが、しかし、もう疑われましたから、これからお別れいたします。」
 と、阿英は一羽の鸚鵡《おうむ》になって、ひらひらと飛んでいった。
 甘《かん》の父親がまだ生きている時、甘の家には一羽の鸚鵡を蓄《か》ってあったが、ひどく慧《りこう》な鳥であった。ある時※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]はその鸚鵡に餌《えさ》をやった。それは※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]が四つか五つの時であったが、父親に訊いた。
「なぜ、これを飼うのです。」
 父親は冗談にいった。
「お前のお嫁さんにするのだよ。」
 それから鸚鵡の餌がなくなりそうな時には、父親は※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]を呼んでいった。
「餌をやらないと、お前のお嫁さんが死んでしまうのだよ。」
 家の者もやはりそういって※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]に冗談をいったが、後になってその鸚鵡は鎖《くさり》を断《き》って亡《に》げていった。玉も※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]も始めて阿英が旧約があるといった言葉の意味を悟ることができた。
 ※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は阿英が人でないことを知ったが、しかし阿英のことを忘れることができなかった。嫂はなお一そう阿英のことを思って朝夕に泣いていた。玉は阿英に出ていかしたことを後悔したが、どうすることもできなかった。二年して玉は※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]のために姜《きょう》氏の女を迎えたが、※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]はどうしても満足することができなかった。
 玉に従兄《いとこ》があって粤《えつ》で司李《しほうかん》をしていた。玉はその従兄の所へいって長い間帰らなかったところで、たまたま土寇《どこう》が乱を起して、附近の村むらは、大半家を焼かれて野になった。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は大いに懼れて、一家の者を伴《つ》れて山の中へ逃げた。そこにはたくさんの男女がいたが、だれも知った人はなかった。不意に女の小さな声で話をする声が聞えて来た。それがひどく阿英に似ているので、嫂は※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]にそういって傍へいって験《しら》べさした。果してそれは阿英であった。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]はうれしくてうれしくてたまらないので、そのまま臂《て》をつかまえて釈《はな》さなかった。女はそこで一緒に歩いていた者にいった。
「姉さん、あなたは先に帰ってください。私は甘の姉さんにお目にかかって来ますから。」
 もう嫂がそこへ来た。嫂は阿英を見て泣いた。阿英は嫂を慰めた。そしていった。
「ここは危険です。」
 阿英はそこで勧めて家へ帰そうとした。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]をはじめ皆土寇の来るのを懼れて引返そうとしなかった。阿英は強《し》いていった。
「だいじょうぶです。」
 そこで一緒になって帰って来た。阿英は土で戸を塞《ふさ》いで家の中から外へ出ないようにさした。そして、坐って、二言三言話をするなり帰っていこうとした。嫂は急にその腕をつかみ、また二人の婢に左右の足をつかまえさした。阿英は仕方なしにいることにな
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