った。しかし、もう私室には入らなかった。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]が三、四回もそういったので、やっと一回入った。
 嫂は平生阿英に新婦は美しくないから※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]の気に入らないといった。阿英は朝早く起きて姜《きょう》の髪を結い、細く白粉《おしろい》をつけてやった。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]が入っていくと姜は数倍美しさを増していた。こんなことを三日位やっているうちに、姜は美人になった。嫂はそれを不思議がった。そこで嫂はいった。
「私に子供がないから、妾を一人おかそうと思うのですが、金がないからそのままになっているのです。家の婢でも佳い女にすることができるのでしょうか。」
 阿英はいった。
「どんな人でもできるのです。ただ質の佳い人なら、ぞうさなしにできるのです。」
 とうとう婢の中から一人の色の黒い醜い女をよりだして、それを傍へ喚んで一緒に体を洗い、それに濃い白粉と薬の粉とを交えた物を塗ってやったが、三日すると顔の色がだんだん黄ろくなり、また数日すると光沢が出て来てそれが皮肌にしみとおって、もう立派な美人になった。
 甘の家では毎日笑っていて、兵火のことなどは考えていなかった。ある夜四方が騒がしくなった。どうも土寇が襲って来たようであるから皆が驚いたが、どうしていいかわからなかった。と、俄《にわか》に門の外で馬の嘶《いなな》く声と人のわめく声が交って聞えだしたが、やがてそれががやがやと騒ぎながらいってしまった。
 夜が明けてから事情が解った。土寇の群は掠奪《りゃくだつ》をほしいままにして、家を焼き、巌穴《いわあな》に匿《かく》れている者まで捜し出して、殺したり虜《とりこ》にしたりしていったのであった。甘の家ではますます阿英を徳として、神のように尊敬した。不意に阿英は嫂にいった。
「私がこちらへあがりましたのに、嫂さんがこれまで私に尽してくだされたことが忘れられないので、盗賊の難儀を分けあったのですが、兄さんがいらっしゃらないから、私は諺にいう、李にあらず奈にあらず、笑うべき人なりということになります。私はこれから帰って、また間《ひま》を見て一度伺います。」
 嫂は訊いた。
「旅に出ている者は無事でしょうか。」
 阿英はいった。
「途中に大きな災難がありますが、これは秦の姉が大恩を受けておりますから、きっと恩
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