声をあげて追つて来た。京子は茶の間へ這入つた。茶の間の電燈の下には、細君の縫ひかけた洗ひ張の着物の畳んだ物と、ちいさな栽縫箱とが[#「栽縫箱とが」はママ]あつた。栽縫箱には[#「栽縫箱には」はママ]柄を赤く塗つた花鋏があつた。京子は其鋏を片手に取つて広げながら赤ん坊の首の所へと持つて行つた。夫婦は入口へとやつてきた。
「乱暴するなら、これを斯うするんですよ、」
 細君の悲痛な叫びが聞えた。細君の両手は鋏を持つた京子の手にかかつた。京子の手がそのはずみに働いた。赤ん坊の首が血に染まりながらころりと畳の上に落ちた。

 京子は夫に抱き竦められて寝床の上にゐた。京子は眼をきよときよとさして四辺を見廻した。
「赤ん坊の首なんかがあるもんか、何所にそんなものがある、」
 夫は叱るやうに云つた。京子はそれでも恐ろしさうな眼をして四辺を見てゐた。
「矢張り夢さ、体が悪いからそんな夢を見るんだ、今日は脳病院へ行つて、石川博士に診察して貰はう、体のせゐだよ、」
 京子は稍気が静まつて来た。
「夢でせうか、本当に恐ろしかつたんですよ、」
「夢さ、神経衰弱がひどくなると、つまらん夢を見るもんだよ、」

  
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