程《よつぽど》道が融けましたねす。』
と、国訛りの、ザラザラした声で云つて、心持頭を下げると、竹山は
『早かつたですナ。』
『ハア、今日は何も珍らしい材料《たね》がありませんでした。』
と云ひ乍ら、野村は暖炉の側《わき》にあつた椅子を引ずつて来て腰を下した。古新聞を取つて性急《そそくさ》に机の塵を払つたが、硯箱の蓋をとると、誰が使つたのか墨が磨《す》れて居る。「誰だらう?」と思ふと、何だか訳もなしに不愉快に感じられた。立つて行つて、片隅の本箱の上に積んだ原稿紙を五六十枚|攫《つか》んで来て、懐から手帳を出して手早く頁を繰つて見たが、これぞと気乗《きのり》のする材料も無かつたので、「不漁《ふれふ》だ、不漁だ。」と呟いて机の上に放り出した。頭がまたクサクサし出す様な気がする。両の袂を探つたが煙草が一本も残つて居ない。野村は顔を曇らせて、磨れて居る墨を更に磨り出した。
編輯局は左程広くもないが、西と南に二つ宛の窓、新築した許りの社なので、室の中が気持よく明るい。五尺に七尺程の粗末な椴松《とどまつ》の大机が据ゑてある南の窓には、午後一時過の日射《ひざし》が硝子の塵を白く染めて、机の上には東京やら札幌小樽やらの新聞が幾枚も幾枚も拡げたなりに散らかつて居て、恰度野村の前にある赤インキの大きな汚染《しみ》が、新らしい机だけに、胸が苛々する程|血腥《ちなまぐさ》い厭な色に見える。主筆は別に一脚の塗机を西の左の窓際に据ゑて居た。
此新聞は、昔|貧小《ちつぽけ》な週刊であつた頃から、釧路の町と共に発達して来た長い歴史を持つて居て、今では千九百何号かに達して居る。誰やらが「新聞界の桃源」と評しただけあつて、主筆と上島と野村と、唯三人でやつて居た頃は随分|暢気《のんき》なものであつたが、遠からず紙面やら販路やらを拡張すると云ふので、社屋の新築と共に竹山主任が来た。一週間許り以前に長野と云ふ男が助手といふ名で入社《はひ》つた。竹山が来ると同時に社内の空気も紙面の体裁も一新されて、野村も上島も怠ける訳にいかなくなつた。
野村は四年程以前に竹山を知つて居た。其竹山が来ると聞いた時、アノ男が何故|恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》釧路あたりまで来るのかと驚いた。と同時に、云ふに云はれぬ不安が起つて、口には出さなかつたが、悪い奴が来る事に
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