………尤も、なんだね、宗教家だけは少し違ふ樣だ。佛教の方ぢや、髮なんぞ被《かぶ》らずに、凸凹《でこぼこ》[#「凸凹」は底本では「凹凸」]の瘤頭《こぶあたま》を臆面もなく天日《てんぴ》に曝して居るし、耶蘇の方ぢや、教會の人の澤山集つた所でなけれあ、大きい聲を出して祈祷なんぞしない。これあ然し尤もだよ。喧嘩するにしても、人の澤山居る所でなくちや張合がないからね。アハヽヽ。』
『アハヽヽヽ。』と楠野君は大聲を出して和した。
『處でだ。』と肇さんは起き上つて、右手を延して砂の上の紙莨を取つたが、直ぐまた投げる。『這※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》社會だから、赤裸々な、堂々たる、小兒の心を持つた、聲の太い人間が出て來ると、鼠賊共、大騷ぎだい。そこで其種の聲の太い人間は、鼠賊と一緒になつて、大笊を抱へて夜中に林檎畑に忍ぶことが出來ぬから、勢ひ吾輩の如く、天《あま》が下に家の無い、否、天下を家とする浪人になる。浪人といふと、チョン髷頭やブッサキ羽織を連想して不可《いかん》が、放浪の民だね。世界の平民だね。――名は幾何《いくら》でもつく、地上の遊
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