《ほう》の腿《もも》のかろきしびれを。
曠野《あらの》ゆく汽車のごとくに、
このなやみ、
ときどき我の心を通る。
みすぼらしき郷里《くに》の新聞ひろげつつ、
誤植《ごしよく》ひろへり。
今朝のかなしみ。
誰《たれ》か我を
思ふ存分《ぞんぶん》叱《しか》りつくる人あれと思ふ。
何《なん》の心ぞ。
何がなく
初恋人《はつこひびと》のおくつきに詣《まう》づるごとし。
郊外に来ぬ。
なつかしき
故郷にかへる思ひあり、
久し振《ぶ》りにて汽車に乗りしに。
新しき明日《あす》の来《きた》るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘《うそ》はなけれど――
考へれば、
ほんとに欲《ほ》しと思ふこと有るやうで無し。
煙管《きせる》をみがく。
今日ひょいと山が恋しくて
山に来《き》ぬ。
去年腰掛《こしか》けし石をさがすかな。
朝寝して新聞読む間《ま》なかりしを
負債《ふさい》のごとく
今日も感ずる。
よごれたる手をみる――
ちゃうど
この頃の自分の心に対《むか》ふがごとし。
よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。
年明けてゆるめる心!
うっとりと
来《こ》し方《かた》をすべて忘れしごとし。
昨日まで朝から晩《ばん》まで張りつめし
あのこころもち
忘れじと思へど。
戸の面《も》には羽子《はね》突《つ》く音す。
笑う声す。
去年の正月にかへれるごとし。
何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
腹の底より欠伸《あくび》もよほし
ながながと欠伸してみぬ、
今年の元日。
いつの年も、
似たよな歌を二つ三つ
年賀の文《ふみ》に書いてよこす友。
正月の四日《よつか》になりて
あの人の
年《ねん》に一度の葉書《はがき》も来にけり。
世におこなひがたき事のみ考へる
われの頭よ!
今年もしかるか。
人がみな
同じ方角《ほうがく》に向いて行《ゆ》く。
それを横より見てゐる心。
いつまでか、
この見飽《みあ》きたる懸額《かけがく》を
このまま懸けてておくことやらむ。
ぢりぢりと、
蝋[#「鑞」の「金へん」を代えて「虫」]燭の燃えつくるごとく、
夜となりたる大晦日《おほみそか》かな。
青塗《あをぬり》の瀬戸の火鉢によりかかり、
眼閉《と》ぢ、眼を開《あ》け、
時を惜《をし》めり。
何《なん》となく明日はよき事あるごとく
思ふ心を
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