里にや無いのかえ。』と言はれた。でお定は、
『ハア、玉菜でごあんすか。』と言ふと、
『名は怎でも可いから早く買つて来なよ。』と急《せ》き立てられる。お定はまた顔を染めて戸外へ出た。
 八百屋の店には、朝市へ買出しに行つた車がまだ帰つて来ないので、昨日の売残りが四種《よいろ》五種《いついろ》列べてあるに過ぎなかつたが、然しお定は、其前に立つと、妙な心地になつた。何とやらいふ菜に茄子が十許り、脹切《はちき》れさうによく出来た玉菜《キヤベーヂ》が五個《いつつ》六個《むつ》、それだけではあるけれ共、野良育ちのお定には此上なく慕《なつ》かしい野菜の香が、仄かに胸を爽かにする。お定は、露を帯びた裏畑を頭に描き出した。ああ、あの紫色な茄子の畝! 這ひ蔓《はびこ》つた葉に地面《つち》を隠した瓜畑! 水の様な暁の光に風も立たず、一夜さを鳴き細つた虫の声!
 萎びた黒繻子の帯を、ダラシなく尻に垂れた内儀に、『入来《いらつ》しやい。』と声をかけられたお定は、もうキヤベーヂといふ語を忘れてゐたので、唯『それを』と指さした。葱は生憎《あいにく》一把もなかつた。
 風呂敷に包んだ玉菜|一個《ひとつ》を、お定は大事
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